
綾上町の山中にある「歯の工場」は、手仕事の義歯つくりをシステム化した日本初の施設だ。
情報発信の少ない歯科の新技術を知ってほしいと、庵治町の浜辺に「歯ART美術館」を創った。
これも日本初だ。
「保健医療制度を見直さないと、日本の歯科医療サービスはもっと遅れる。海外に高度な歯科技工が、患者も流出する・・・・・・・」
警鐘を鳴らす和田精密歯研(株)会長 和田弘毅(ひろき)さん(77)は、開拓者で改革者、そして最先端の機能を追い求めるチャレンジャーだ。
最先端技術で作る人口臓器

金属、セラミックス、プラスチックなどを、化学や冶金(やきん)、電子工学までの最先端技術で集約して作った義歯は、食べるという根源的な役目を担う人工臓器だという。
「歯科技工士法で、新技術や新製品をPRできません。このままでは日本が遅れてしまう、もっと情報発信したい、と思って、『歯ART美術館』を・・・・・・」。年間運営費3千万円、収入3百万円。社内でも道楽だといわれている。
「歯科業界の10年先を見通したPR活動が理解されるまで、まだ時間がかかると思うよ」
※クラウン
欠損した歯のかぶせ。セラミックスや合金、純金、チタンなどの素材で作る。単冠とも呼ばれる。
※冶金
鉱石その他の原料から有用な金属を採取・精製・加工して、種々の目的に応じた実用可能な金属材料・合金を製造すること。
※電子工学
電子の運動による現象やその応用を研究する学問。半導体・磁性体などを用いる科学技術の基礎研究。
歯ART美術館
TEL 087-871-0666/FAX 087-871-0667
【入館料】
大人(18歳以上)・・・600円/500円(団体:20人以上)
中・高校生・・・・・・200円/100円(団体:20人以上)
小学生以下・・・・・・無料
鍛冶屋の次男
県立高松工芸高校の金属工芸科を卒業した。兵庫の歯科材料製造会社に勤めたが、社員は誰も作った材料が使われる義歯のことを知らなかった。
「知識がなくて、いいものができる道理がない。それで夜間の阪神技工学校と大阪工業大学で、歯科技工や工作機械を勉強したんです」
材料だけで、義歯まで作ろうとしない会社の事業方針が物足りなかった。独立した。鋳造の金属床義歯専門の製作所として、関西で3番目の創業だった。
当時の入れ歯の金属床(土台)は圧印加工だった。人がやらない鋳造(ちゅうぞう)工法で作った。義歯の素材も、加工機械も自分で造った。農鍛冶の経験や工芸高校で学んだ彫金の技術が役に立った。
他業者が1日かけて1、2本しかできないのに、50本も作る。「なんでこんないいものが早くできるのか、と不思議がられました」。うれしそうに笑う・・・・・・チャレンジが成功を呼んだのだ。
※火づくり
地鉄を加熱しながら整形すること。
※焼入れ
金属を高温に加熱したのち急冷して組成を変えること。刃物の切れ味を良くすることができる。
※鋳造
融点よりも高い温度で熱して液体にしたあと、型に流し込み、冷やして目的の形状に固める加工法。圧印加工より自由な形が作れる。
※圧印加工
密閉形の型に入れ、上下面を工具で押してシャープな線や模様を浮き出させる加工法。
※彫金
金属を専門の道具で彫ったり削ったりすること
新素材開発へ
当時の義歯は金属製。暗い色しか作れなかった。金属に白いセラミックスを焼きつける技術がアメリカにあることを雑誌で知った。
1963年、渡米してアメリカ歯科学会に出席。日本にない義歯の技術と原材料サンプルを持ち帰った。「造幣局や府立大阪工業試験場、大阪市立工業研究所で分析してもらって、合金つくりから研究しました」。工芸高校で学んだ彫金の技術がまた役に立った。その後もたびたび渡航して、欧米から原材料や先進技術を持ち帰った。
新素材と新技術の成果の一つが、金と白金の合金にザクロ石を焼き付けたメタルボンドポーセレンだ。今、プロ野球選手や韓国俳優の、白く輝く歯がそれだ。
「義歯の中身は金と白金の合金です。セラミックスは焼くと歯の色や形が変わりますから難しいんです。1本ずつ手作りで10万円、歯は28本ありますから280万円ぐらいが平均でしょう」
誰でも容姿を気にする。顔の2割を占める口元が見映(みば)えのポイントだ。歯並びを良くすると好感度は一気に上がる。和田さんは、より自然で美しい新素材義歯の開拓者になった。
※白金
プラチナ。
※合金
複数の金属元素または金属元素と非金属元素からなる金属的な性質を持つもの。
※ザクロ石
ガーネット、または紅ザクロ石の名前でよばれる。
※メタルボンドポーセレン
ポーセレンはセラミックスの白い歯科材料。金属裏打ちのあるものをメタルボンド冠、全部ポーセレンのものはオールセラミック冠と呼ばれる。保険適用なし。
機械化できない「かみあわせ」
「まだ8割が手作業です。かみあわせが機械化できない。髪の毛の太さが約50~80ミクロンで、入れ歯や差し歯のかみあわせは、3ミクロンぐらいの精度にしないと違和感があるんです」
人はあごが複雑に動いて、すり合わせるようにかむ。歯はたてよこの遊び(微動)もある。コンピューター制御で、自前の歯と同じような義歯を作ればいいというわけにはいかない。
「海外に比べて安い保険適用品では採算が取れないので、保険適用外品の収益でやりくりしています」。工業化へのチャレンジはまだ続く。
げたの歯型
「げたの歯型」の2本歯。簡単な構造、が答えだ。「心臓の病気も人工物を入れて治す時代です。柔らかいものも硬いものもきちんとかめて、かみしめてもずれない入れ歯です」
和田さんの熱気が伝わってくる。しかし「げたの歯型」入れ歯はまだ実現していない。あごの構造や筋肉の生理現象を解明した、「咬合(こうごう)理論」の確立が遅れているからだ。
「臨床家や大学の先生は従来の考えを切り替えません。やっと徳島大学で、研究の準備が整った段階と聞いております」
今の保険診療では国は赤字になるし患者は満足できない。医療従事者と大学の教育と、厚生労働省も政治家も意識改革が必要だと訴える和田さんは、さらに海外とのギャップも指摘する。
「タイや韓国の私立病院では、高度な医療を売り物に、海外の患者を集めています。このままでは新しい歯科医療技術の開発も遅れるし、患者も外国にとられます」
好奇心と実行力。開発・改革・挑戦。歯科業界の先頭を歩んできた和田さんは、自らのエネルギーの源泉を、最後に口にした。
「人工の歯で、心地よくかみしめて欲しい。うまい!と感じて欲しい。幸せを感じて欲しい。私の願いは『口福(こうふく)』なんです」。歯を見せてにっこり笑った。和田さんの歯は、まだ、健在だ。
財産は8万枚の名刺
「創業以来右肩上がりです。景気が悪くなった時はいそがしいんです。暇になると歯医者に行く人が増えるんです。」
和田さんは、成功はすべて人のおかげだと言う。「自分の力ではありません。金属が分からなかったから造幣局の力を借りました。セラミックスは工業研究所や試験場の力を借りました。自分より優れている人の力を借りることができなかったら、成功しなかったと思います」
8万枚の名刺が自慢だという和田さんに経営のコツを聞くと、間をおいて・・・・・・。
「自分に無い、相手の価値を見つけて、ほめることかもしれません」。照れながら、小さい声で答えてくれた。
※スーパーテクニシャン
和田精密歯研の社内資格。役員全員が認定した能力が優れている歯科技工士。
和田 弘毅 | わだ ひろき
- 1934年 高松市生まれ
1952年 高松工芸高校 卒業
三金精工(株) 入社
1958年 和田精密鋳造研究所 創業
1966年 和田精密歯研(株) 設立
2005年 和田精密歯研(株)
代表取締役会長に就任
現在に至る
- 写真
和田精密歯研株式会社
- 所在地
- 大阪市淀川区東三国1-12-15
TEL 06-4807-6700/FAX 06-4807-6788 - 設立
- 1966年
- 資本金
- 1億円
- 売上げ
- 約82億円(2010年3月)
- 社員数
- 799人(2010年3月)
- 営業内容
- 歯科技工製品の製作・販売
●インプラント
●口腔外科関連
●テレスコープアタッチメント
●デンチャー全般(金属床、デンチャー他)
●クラウンブリッジ - 沿革
- 1958年 和田精密鋳造研究所創業
1966年 和田精密歯研(株)設立
全国に営業所を開設
1995年 クラウンセンター綾上開設
全国に営業所を開設
2000年 能勢・歯科技工資料館「みらい館」開設
2005年 歯ART美術館開設
- URL
- http://www.labowada.co.jp/
- 確認日
- 2018.01.04
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