何気ないコミュニケーションで信頼関係を築く

森永乳業 西日本支社 四国支店長 竹中 幸治さん

Interview

2016.07.07

4歳から奈良育ち。近所の竹やぶでターザンごっこをする元気な小学生は、野球にも熱中。高校では練習に打ち込むあまり腰を痛めて2年の春に退部した。すると3年の時、県立郡山高校は天理や智辯学園といった強豪校がひしめく中、県代表になる。「同級生が春の選抜で選手宣誓をしているのが悔しくて」。これが心残りで大学では再び野球部に入る。

真剣に野球と向き合う日々

その時の経験はとてもドラマチックだ。「旧・関西六大学」で当時2部だった関西学院大学が2年の時、13年ぶりに1部に復活し、新聞にも取り上げられた。副キャプテンとして下級生の指導やチームの改革に力を注いでいた竹中さんは、喜びもひとしおだったと振り返る。「大学4年間で何か一つでもいいからやり遂げようと思っていました」

大学までひたすら野球に打ち込んだ経歴は体育会系の熱い男をイメージさせるが、本人はいたって自然体。4月に着任し、初めての四国でいろいろな名所を旅することを楽しみにしている。「妻も転勤を喜んでいて、先日は一緒に室戸岬や四万十川の沈下橋を見て、藁焼きカツオのタタキを堪能しました。香川も金刀比羅宮や塩江を車で巡りたいですね」

相手の喜ぶ顔を思い出す

入社後すぐ東京勤務で営業職。やがて、商品を量販店などに売り込む商談を任されるようになる。「例えばビジネスの場では関西弁は使わない、といったことから相手への接し方、商談の進め方まで様々なことを教えてもらった。あの3年間があるから今の自分がいる」。一つの商品を陳列棚に置いてもらうために市場調査し、ストーリーを考え、他社との優位性を確認。時には徹夜で企画を練り、上司に何度もチェックしてもらう。とはいえ、すぐに取引先からOKが出るわけではない。そんな時は「相手の喜ぶ顔を想像する」という先輩の言葉を思い出した。

そんな中で学んだのは、一から十すべて教えてもらうのではなく、我慢して見守ってもらうことで人は成長できるということだった。

そば打ちと、自家製みそとチゲ鍋と

東京から関西、静岡と転勤したほとんどの時期を単身赴任ではなく家族と一緒に過ごせたという。そば打ちを始めたのも、妻のひと言がきっかけだった。教室に参加してすぐそば打ちセットを購入、年に数回そばを打つ。「自家製みそも仕込むんですよ。野菜につけて食べると最高においしい」。そのみそとコチュジャン、ニンニク、ショウガの黄金比率で作るチゲ鍋パーティーで、会社の仲間と盛り上がったこともある。

「リーダーにはいろいろなタイプがありますが、自分は周りの人が自然に盛り上がるよう配慮できる存在でありたい」。そのため、会社でもすれ違う時は必ず「今日は雨だね」とささいなひと言をかけるなど、意識してコミュニケーションを取るようにしている。「これから支店の一人一人と面談します。お互いを知り、信頼関係を築いた上で見守り、仕事を通して気づきを与えたい。昔、先輩がしてくれたように」

新たな赴任地でも自分が理想とする名キャプテンを目指している。

竹中 幸治 | たけなか こうじ

略歴
1960年10月 兵庫県明石市生まれ
1984年 3月 関西学院大学法学部政治学科 卒業
1984年 4月 森永乳業株式会社 入社
1990年 4月 東京支社市乳販売部 副主任
1996年 4月 東京支社埼玉支店市乳販売課 課長代理
1999年 8月 関西支店南近畿支店市乳・DY販売課 課長
2003年 4月 関西支店南近畿支店 支店長
2005年 2月 関西支店市乳・DY販売部 部長
2006年10月 東海支店静岡支店 支店長
2014年 6月 中部支社東海支店静岡支店 支店長
2016年 4月 西日本支社四国支店 支店長

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