学生時代に“板前修業” 日本酒の営業に役立った

月桂冠 四国支店長 東 浩明さん

Interview

2012.07.19

京都で大学時代を過ごした。2年生から卒業するまでの3年間、京都御所近くの京料理屋の板場でアルバイトした。大将(オーナー店主)が板前をしている家族経営の小さな店だった。アルバイトとはいえ、皿洗いはもちろん、いろんな食材の下ごしらえをした。たとえば大根のかつらむきをしたり、魚のウロコをとったり、野菜を切ったり・・・・・・板前見習いと同じような仕事だった。

グラウンドから板場に直行

「実質、板前修業をしていたようなものです」。ずっと立ちっぱなし、冬場はつらい水仕事、ヘマをすると叱られる。バイト仲間は常にメンバーが変わっていた。学生の普通のバイト感覚では長続きしないからだ。「いつも、いつ逃げようか、どう逃げようか、そればかり考えていました」。携帯電話はない時代だ。下宿先に大将から電話が入り、バイト依頼となるが、「嫌なときはシカトしました」と、そのころを懐かしむ。

3年間、板前修業のバイトをし続けたのは、野球サークルで使っていたグラウンドが御所のなかにあったからだ。バイトに出ない日が少しでも続くと、大将が試合を見に来て、ユニホームを脱いだら、すぐ店に連れていかれ、夜は板場にいた。

毎年、クリスマスごろから大晦日まで店で寝泊まりしながら、おせち料理をつくった。紅白歌合戦も除夜の鐘も板場で聞いた。2年生のときから大阪の実家に戻り、こたつに入って、ミカンを食べながらのんびりと年を越していない。

バイト経験、営業に役立つ

就職活動していた4年生のとき「どや、本気で板前にならへんか」と誘われた。板前も悪くないとは思ったが、本心はサラリーマンになりたかった。
この店が使っていた日本酒がたまたま月桂冠だった。月桂冠を受け、内定をもらった。「今は、学生時代のバイト経験が結構役に立っています。料理屋さんと話をしても、会話がはずむんです」。日本酒と料理は、切っても切れない仲だからだ。

高松に来たのは、6年前。四国支店の販売係長として赴任した。支店長族には珍しく単身赴任ではない。家族は妻と一人娘。休みの日には、3人で四国のあちこちにドライブする。「もう2回も3回も行ったところがあります」。行く先々で食材を見るのが習慣。お酒に合うかどうか、どんなお酒が似合う食材か。

1980年代から日本酒は常に前年に比べ消費量を減らし続けてきた。去年、ようやく下げ止まった。「日本酒は、海や山の恵みとどのようにお酒を合わせるか、提案型営業をする時代」「オン・ザ・ロックとか飲み方を提案して、お客様に口にしていただける」。日本酒は、冷酒から熱燗まで飲みごろの温度が他のアルコールに比べ幅広い。いろんな飲み方ができる。「去年から節電もキーワードになっているみたいです。エアコンで室温を下げるのではなく、胃袋のなかから涼しくするというような感じです」。この夏は、日本酒に氷を浮かべて楽しむ日本酒ロックや氷を入れたグラスに日本酒5・ライムジュース1の割合で楽しむサムライロックなどの飲み方の宣伝に力を入れることにしている。

東 浩明 | あずま ひろあき

略歴
1966年 12月1日 鹿児島県出水市生まれ
1991年 3月 京都産業大学経営学部 卒業
1991年 4月 月桂冠株式会社 入社
2009年 4月 西日本流通部中国四国流通支店長
2012年 4月 中国四国営業部四国支店長

月桂冠

確認日
2014.10.02

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