新開発への「挑戦」と、主力製品を転換する「決断力」
~世界へ「裁断・成形」技術を売る~

トーコー 代表取締役社長 東 幸佑さん

Interview

2009.12.03

世界の大企業に「裁断と成形」技術を売る機械メーカーが東かがわ市にある。(株)トーコーだ。液晶ディスプレーやソーラーパネルに使われる、高機能フィルムの裁断機をつくる世界一の会社だ。
戦前大阪で工作機械(平削り盤)メーカーとしてスタート、強制疎開で香川に移り、製麺機やサトウキビの絞り機を製造、やがて工作機械の製造を再開して経営基盤を確立した。2度のオイルショックで、主力を裁断機や成形機へ転換。自動車の内装や衣料、食品トレーなどの業界へ進出した。
「失敗があったからこそ、いまがある」…代表取締役 東 幸佑さん(65)は、より難しい技術へ挑戦する。原子力発電所の廃棄物を処理する装置を開発した。そしていま、医療廃棄物の最先端処理技術に挑む。

失敗を次の成功へ

トーコーは特殊な技術開発が得意だ。「自衛隊員の”鉄かぶと“は、鉄製ではありません。防弾チョッキの素材と同じアラミド繊維で出来ています。アラミド繊維を刃物で切ろうとすると、刃先が繊維の織り目のとおり凹凸に欠けます。だから、鉄より強い繊維の刃物と裁断機を開発しました」。世界で初めて開発したこの裁断機は、防弾チョッキや防火服のメーカーで使われている。

「お客様の要望は天の声でした。それに応えることが会社存続の近道だと確信して全力を投入してきました」。東さんは入社以来、営業一筋の40年を振り返る。

「未知のものを手掛けるわけですからリスクはあります。数千万円の機械を何度もスクラップにしました。しかし金と労力は損をしても、研究したデータは蓄積されて次の成功につながります。例えば数億円で世界初の機械を完成させたら、それだけがビジネスではありません。失敗もあって完成させたわけですからその積み重ねの波及効果が必ずあります」

大手メーカーはニッチ市場に参入しにくい。東さんは技術開発の成功確率が50%ならやらないが、80%なら決行する。資本力のない会社が生きていくためだ。しかし、リスクにチャレンジしなければ、次の成功を手にすることも出来ないのだ。

※ (アラミド繊維)
伸び縮みが少ない引っ張り強度が強い繊維。スーパー繊維、ハイテク繊維とも呼ばれる。

原子力発電所と医療の廃棄物

1996年、ある取引先から原子力発電所の廃棄物処理装置の開発の話が持ち込まれた。「日本の原子力発電所の20%は老朽化しています。運転稼働率を上げるために発電所を改造すると、何百トンもの放射能を帯びた廃棄物がでます。故障の少ない、壊れても簡単に直せる構造の装置を開発しました」

また2000年には、原子力発電所の主要部分の解体に使う機械も受注した。「解体はめったにありませんから、使い捨てになる機械です」
原子力発電所のゴミを手掛けているというので、今度は医療廃棄物を最先端技術で焼却しようという話が持ち込まれた。プラズマで廃棄物を分子レベルに分解する焼却炉だ。
「わが社の技術とは縁遠い技術です。うちだけではできませんので他社と共同で取り組んでいます。これがいちばん新しい開発です。一台がおよそ数億円になります」。淡々と話す東さんから、開発に対する自信と会社の強みが伺える。

製造部門を持たない研究や設計の専門会社は外注するしかないが、トーコーは開発から設計、製造まで一貫して自社で手がけているからだ。

※ (プラズマ)
plasma。一般には電離した気体のことを指し、気体中で放電することによって生成される。

異業種の目線

73年と78年のオイルショックで、基幹産業用の工作機械、平削り盤が売れなくなって主力製品を裁断機や成形機へ転換した。市場はすでに米国や欧州のメーカーが進出していた。先発メーカーより安いか、優れていないと買ってもらえない。工作機械で培った精密技術で、先発メーカーより精度の高い製品を開発した。

食品トレーの製造機も後発だった。従来の機械より、中の食品がはっきり見えるように透明度を良くして欲しいという注文だった。試行錯誤で何千万円も無駄にしたが、国内でいちばん透明度の高いトレーをつくれる熱板成形機を開発した。
「異業種から参入すると、先発メーカーの弱点がよく分かります。どっぷり業界につかっていたら自分たちの弱点が分からないものです」

東さんは、年間の3分の2をついやして世界中の得意先を回る。訪問先の工場の生産ラインを見て、この部分はもっと良いやり方がありそうだと考える。「異業種の目線で、他業種の常識を見て、ビジネスチャンスを見つけろ」。東さんの口癖だ。

市場の変化を読む

十数年前から取り組んだ、ソーラーパネル用の高機能フィルム裁断機も、ここ数年で市場が一気に拡大した。テレビが大型化して、液晶ディスプレー用の裁断機も、大きなものが必要になった。「大型の裁断機を造る競合メーカーがなかったので、世界の有名弱電メーカーや素材メーカーと取引しています」

液晶テレビ用の高機能フィルムは刃物で切ると、裁断面に接着剤や切りくずが付く。研磨しないと使えない。「切り口に何も付かないレーザー加工機の開発にも取り組んでいます。今年この開発に4300万円の国の補助金がもらえることになりました」

トップのいちばん大事な仕事は時代の先取りだ。顧客の声を聞く。市場の変化を読む。より難しいものへ挑戦する。東さんは、東かがわ市から世界の大企業へ「裁断・成形」技術を売る。

※ (補助金)
ものつくり製品開発等支援補助金。全国中小企業団体中央会が経済産業省の予算で行う事業で、基盤技術を担う中小企業の研究開発や人材育成の支援策。2009年6月第1回公募。

トップの決断・主力製品の転換

1960年、製麺機やサトウキビ絞り機から撤退して、戦前大阪でやっていた工作機械の平削り盤の製造を再開、主力製品にした。

「爆発的に売れて、大手商社から前金で2年分もの注文がありました」。オイルショックで、工作機械の市場は不況になった。「基幹産業用ですから景気に敏感で売れなくなりました。手袋などの産業用裁断機や成形機を手掛けて、ある程度メドがついていたので、工作機械からの撤退を決めました」
工作機械は戦前から培ってきた技術だ。大きな抵抗があった。しかし工作機械と産業用機械の二つを追っていたら企業体力が持たない。「反対されるし不安もありました。撤退には勇気がいりました」

産業用裁断機や成形機は精度がいいと好評だった。「車の内装関係で、1台数億円の製品がよく売れて、ピーク時には50億円ぐらい売り上げました」

やがて車の製造拠点は海外へ移った。「人件費が安い海外は、精密な裁断機や成形機がなくても人手でやれるというので売り上げが落ちてきました」。そこで目を向けたのが、液晶ディスプレーやソーラーパネル用の高機能フィルム裁断機だった。

主力製品の転換は、時代の変化を読み取ったトップの勇気ある決断だ。 

東 幸佑 | あずま こうすけ

略歴
1944年 香川県生まれ
1963年 徳島県立徳島東工業高校 卒業
東光鉄工株式会社 入社
1966年 営業部長に就任
1973年 取締役営業部長に就任
1982年 取締役専務に就任
1988年 取締役社長に就任

株式会社トーコー

住所
香川県東かがわ市横内689-1
代表電話番号
0879-25-4125
設立
1937年
社員数
100人
事業内容
食品成形機、自動油圧裁断機、自動車内装用プレス、自動機械
沿革
1937年 大阪市生野区において、東鉄工所を設立創業
1944年 強制疎開により立退き
1946年 大川郡大内町横内において、東鉄工所を再開
1950年 大川郡大内町西村に東光鉄工株式会社を設立
1960年 第一次合理化計画により、本社工場敷地購入
    工場新築 工作機械の製造開始
1964年 高速裁断機の製作開始
1965年 自動油圧裁断機を開発、販売開始
1968年 第二次合理化計画により、本社工場増築
1970年 新型複合プレーナーを完成
    大川郡大内町横内に第二工場を新築
1984年 ワンウエイPSPトレー自動油圧裁断機、販売開始
1985年 ハーフカット油圧シリーズ新製品完成、販売開始
1987年 株式会社トーコーに社名変更
1990年 はやぶさ君(超高速裁断機)
    とんぼ君(視覚センサー付き自動油圧裁断機)
    販売開始
1991年 PSPトレー真空成形機「サラブレッド」販売開始
1992年 バキュームボックス取出装置付自動油圧裁断機
    販売開始
1993年 熱板圧空成形機、圧空真空成形機、ブリスター
    成形機の販売開始
1996年 創立50周年を迎える
1998年 大型マシニングセンター導入
2004年 サーボトグル裁断プレス販売開始
2006年 液晶テレビ用ムービングカッターAMCシリーズ
    販売開始
2008年 AMCシリーズ 芦原科学賞 功労賞受賞
2009年 省エネタイプ サーボ油圧プレス開発
地図
URL
http://www.k-toko.com/
確認日
2009.12.03

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