「あっと驚く」ケーキの化学讃岐の不思議なマドレーヌ

アン・クール オーナーパティシエ 奥村 一心さん

Interview

2012.09.20

「どこにもないケーキ、だれも作ったことがないケーキを作る。それが面白いのです。基本を学べば、次々作り出せます」。洋菓子職人の指導に鹿児島から札幌まで全国を巡った。スカウトされて各地のケーキ屋で、地元の食材を使った新商品を開発した。

洋菓子店「アン・クール」のオーナーパティシエ奥村一心さん(58)は7年前、指導していた善通寺の洋菓子店の主人が亡くなって、設備と従業員を引き取り丸亀市で開店した。

「ケーキは化学だ」と考えている。今年1月、普通は熱で溶けるゼリーをオーブンで焼いて膨らませたスポンジ生地に入れて「さぬきのふしぎなマドレーヌ」をつくった。

協力会社の研究室で開発

「お客さんが、あっと驚くものを作りたい」。得意とするケーキは、有名パティシエの定番品ではない。プロが不可能と思う技術を使った新しくておいしい菓子だ。技術とセンスを評価した製菓材料メーカーが支援する。

「熱を加えてもゼリーが溶けない方法を見付けるために、協力会社の研究室で、6割まで協力してもらいました」

ゼリーの彩(いろど)りが美しい焼き菓子「さぬきのふしぎなマドレーヌ」は「日本で初めてだ」と製菓材料メーカーが言った。 

シュークリームの決め手は皮の食感だ。「ゴワゴワした皮を薄くすれば、サクサクしておいしくなりますが、焼き方が難しいんです」

クリームが透けて見えるほど皮が薄い。「焼いた生地の水分が蒸気になって膨らむから、外側からも水蒸気で圧力をかけるんです」。その方法は秘密だ。

去年の11月から挑戦して今年2月、冷凍しても硬くならないアイスケーキを開発した。 「アイスな和三盆バーガー」「アイスなシュートリフ」「アイスなミルフィーユグラッセ」は冷凍庫から取り出してすぐサクッと食べられる。

「生クリームの成分は、冷やすと固まる乳脂肪と水です。オリーブオイルを使えば冷凍しても硬くなりません。この方法でおいしくするのに試行錯誤しました」

自分のアイデアと理論をもとに手元の材料や道具で作る方法を考える。

新製品は基本技術あればこそ

三笠まんじゅう(どら焼き)は、和菓子のロングセラーだが、和菓子離れは進む一方だ。若者向けに製法が異なる「和三盆みかさバーガー」を開発した。

「生地は赤ちゃんの肌のようにふわふわで、牛乳と生クリームで煮たあんこは砂糖をあまり入れなくてもおいしいんです」

あんこは普通、小豆(あずき)と水と砂糖を煮て作る。水を蒸発させて糖度を上げる。しかし、あえて牛乳と生クリームだけを入れ、一切水を使わない。

「40歳の時、和菓子屋さんであんこの基本を習いました」。軟らかく煮るために沸騰してから差し水をする。タイミングを誤ると硬くなる。

「水分が浸透する温度帯に、牛乳と生クリームも一緒に入れるんです。入れ時を知るためには、あんこがきちんと炊けないといけません」

基本の技術があるから、製菓の裾野を広げることができるのだ。

スカウトされて全国の店まわる

建築技師になりたかった。神戸大学の受験に失敗した。

「おやじも洋菓子の職人で、大学がダメだったら、この道に行くと約束していたんです」

最初に勤めた東京の有名ケーキ店「自由が丘モンブラン」は、当時売り上げが日本一だった。仕事は厳しかった。7年間勤めた。22人いた同期の職人は2人に減っていた。大阪の別の洋菓子店に移って、東京で修行した7年間の経験が評価された。

「先輩がたくさんいたのに、いろんなお菓子を任せてくれて、それがよく売れました。給料も高卒の同級生より3割ほど良かったんです」。業界で知られ始めた。

店が繁盛すると、原料の粉やバターや生クリームなどの仕入れが増える。製菓材料メーカーにスカウトされて、大阪、千葉、名古屋、岡山、広島、三原、徳島、神戸と店を巡った。

ケーキでパン屋の売り上げ3倍増

アン・クールのケーキ詰め合わせ。下に見えるのが「さぬきのふしぎなマドレーヌ」

アン・クールのケーキ詰め合わせ。下に見えるのが「さぬきのふしぎなマドレーヌ」

徳島の店はパン屋だった。1年3カ月勤めて4千万円の売り上げが1億3千万円になった。洋菓子の売り上げが伸びたのだ。

ケーキはどこでも冷蔵ケースで売るが、常温でも保存できる焼菓子や、進物用のかご盛り、京阪神でも珍しかった焼きたてのプリンなどを、パンと同じ棚に陳列して販売した。

パン屋のケーキは洋菓子店より評価が低い。冷蔵ケースの中の商品を工夫しても、売り上げは上がらない。勝因はパン棚で勝負するケーキだった。

独特の名古屋の味も制覇

名古屋では最初、認められなかった。「生クリーム1リットルの砂糖が、他の地域より10~20グラムも多いのです」

味のデータを集めるために、製菓材料メーカー主催で試食会を4回開いた。自信の味で7、8種類、名古屋好みの甘いケーキを、あわせて40種類ほど作った。

「地元の洋菓子業界の方々に順位をつけてもらったら、僕がいいと思う味は、すべて30位以下でした。おかげで名古屋の味が分かりました」

スカウトされたどの地域でも、データを集めて商品作りに成功した。

家庭にもプロの味を普及

今年10月初旬からインターネットで洋菓子教室を始める予定だ。ケーキを作りたい人たちは使い残しで困っている。余った無塩バターは家庭の冷蔵庫で保管しても1週間でカビが生えるし、アーモンドの粉は酸化するからだ。

「材料を無駄のないようにセットにして販売します。購入者にはネット動画で、家庭にある調理器具だけで指導します」。全国初の洋菓子教室は「アン・クール」の全国展開を加速するはずだ。今でも各地の洋菓子店を指導しているが、次の店で前の店と同じ商品は作らない。

飯山のイチゴ、善通寺のキウイ、小麦粉は香川県で開発された新品種「さぬきの夢2000」、植物飼料だけを使う養鶏場の卵などにこだわり、他のどこにもない「あっと驚く」ケーキを作り続ける。

奥村 一心 | おくむら いっしん

1954年 神戸市生まれ
1972年 東京の洋菓子店「自由が丘モンブラン」入社
1979~05年 大阪、千葉、名古屋、岡山、広島、三原、徳島、神戸の洋菓子店やパン屋へ勤める
2005年 丸亀市で洋菓子店「アン・クール ケーキファクトリー」創業
2011年 穴吹パティシエ福祉カレッジ非常勤講師
写真
奥村 一心 | おくむら いっしん

アン・クール ケーキファクトリー

所在地
丸亀市郡家町3445-1
TEL:0877-58-2315
運営統括責任者
奥村 一心
確認日
2018.01.04

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