「人づくり」の武道 聖地から全世界へ発信

少林寺拳法グループ 代表 宗 由貴さん

Interview

2019.06.20

「勝った」「負けた」じゃない

1970~80年代を中心に日本で大流行した香港のアクション映画。カンフースターのブルース・リーやジャッキー・チェン、少林拳を操る『少林寺』のリー・リンチェイに憧れ、少林寺拳法を習ったという人も少なくないだろう。

少林寺拳法の「聖地」とされるのが発祥の地・多度津町だ。生みの親は、中国で武術を学んで帰国した宗道臣(そう どうしん)さん。戦後の荒れ果てた日本を見て「勇気と慈愛に満ちた若者を育てよう」と思い立ち、中国武術に自身の経験や理論を組み合わせ、日本人に合うように体系化した。当時四国の玄関口だった多度津町に居を構え、1947年、5畳半ほどの小さな道場を開いたのが始まりだ。

「少林寺拳法は『人づくり』の武道です」

父・道臣さんの遺志を継ぎ、少林寺拳法グループの代表を務める宗由貴さん(61)。少林寺拳法の魅力を広めようと、講演やボランティア活動など、全国各地、世界各国を日々忙しく飛び回っている。「“先手必勝”という言葉があるが、少林寺拳法は“守主攻従(しゅしゅこうじゅう)”。まずは自分の身を守ることから始まる『護身術』です」

柔道、剣道、空手道などと並ぶ日本武道協議会メンバーで「日本の現代武道9団体」の一つに数えられるが、「他の武道と大きく異なるのは『勝った』『負けた』じゃないということです」

少林寺拳法の大会では、1人でおこなう「単独演武」や2人が組む「組演武」を披露し、審査員が技の正確さ、キレや美しさを審査する。「突きや蹴り、投げ技もあるが、相手と戦ったり倒したりするのが目的ではありません。子どもから高齢者まで誰でも気軽に、心と体を養ってほしいと思っています」

健康やママ支援に

修行に励む拳士ら

修行に励む拳士ら

「グラフィックスデザインの道に進みたかった。文章を書くのも好きでした」

幼いころは少林寺拳法を習っていたが、ひざのけがなどがあり拳士の道は断念。全く別の道を歩むものだと思っていた。だが、大学進学を考えていたある日、父から「お前の4年間を俺にくれ」と頼み込まれた。「『大学では学べない社会勉強をさせてやるから』と。迷いに迷いましたが、尊敬する大好きな父についていこうと決心しました」

秘書となり、組織運営のイロハを学んだ。「明治男なのでとても厳しかった。会員証ひとつつくるのでも、判子が少し曲がっているだけで大目玉。『お前にとっては何枚かのうちの一枚でも、もらう方にとってはたったの一枚。何事もそれくらいの覚悟を持ってやれ』と」

しかし4年後の1980年、父が69歳で急逝した。宗さんは22歳の若さで2代目になった。「男性幹部が多い武道の世界で女性がトップになるのは前代未聞。しかも私は有段者でもない。反発の声も多く、組織がバラバラになるかもしれない……そんな不安を抱えながらのスタートでした」

全国各地を回り、指導者や会員と対話を重ねることでコツコツと組織をまとめた。少林寺拳法をもっと身近に感じてもらおうと、専門家と組んで高齢者向けの健康プログラムや、子育て世代の女性のためのプログラムをつくった。「蹴りの技を出すには足を引き上げる力が必要です。お年寄りでも、蹴りの動きを繰り返すだけで足腰が鍛えられる。つまずかなくなるので、転ばなくなり、骨折を防げます」

新たなチャレンジをすればするほど、「こんなのは武道じゃない」という意見が出た。しかし、「決して譲らなかった。私の個性や感性を生かさなければ、私がトップをやる意味はない。その信念でやってきました」

少林寺拳法誕生から70年余り。全都道府県に支部を持ち、「今はヨーロッパ各国や、インドネシアなど東南アジアで人気が高まっています」。道場の数は世界40ヵ国で3300を超え、登録会員は延べ180万人にのぼる。

少林寺拳法で「介護」

少林寺拳法を生かした介護の様子

少林寺拳法を生かした介護の様子

今、注目しているのは「介護」だ。「介護現場の慢性的な人手不足の理由の一つが、介護する中で『腰を痛めてしまう』こと。要介護者をイスから立たせるだけでも大変です」

今年4月、介護職員の育成プログラムを始めた。少林寺拳法の技法を生かし、腰に負担のかからない介護技術を紹介するもので、「力の弱い子どもや女性でも、大きな男性を投げられるのが少林寺拳法です。引いたり回したりする技術そのものが、介護技術に繋がっている。少林寺拳法をやっていれば、すぐにできるようになります」

代表になってまもなく40年。トップとしての年月はいつしか父を越えた。「自分自身、たくましくなったと思う。もしあの時父から逃げていたら、つまらない人生になっていたかもしれない」と振り返る。「でも、『継いでよかった』と思えるようになったのは、この10年くらいですよ」と笑う。

「今後はコミュニティーの役割も果たしていきたい」。今の時代、孤独や疎外感、居場所がない……と感じている人が多いのでは、という思いがある。「一人でも多くの人に自信を持ってほしい。人に喜んでもらうことを幸せに感じてほしい。『少林寺拳法でどんな社会貢献ができるのか』。これが私の永遠のテーマだと思っています」
少林寺拳法創始者で父の宗道臣さんの銅像と、 日中友好のシンボルとして1980年に建てられた大雁塔を背に =多度津町本通の少林寺拳法総本部

少林寺拳法創始者で父の宗道臣さんの銅像と、
日中友好のシンボルとして1980年に建てられた大雁塔を背に
=多度津町本通の少林寺拳法総本部

篠原 正樹

宗 由貴|そう ゆうき

略歴
1957年 多度津町生まれ
1976年 明善高校(当時)卒業
1980年 少林寺拳法第2世師家 就任
2000年 少林寺拳法グループ 総裁(現代表)

少林寺拳法グループ

住所
香川県仲多度郡多度津町本通3-1
代表電話番号
0877-32-2577
設立
少林寺拳法創始 1947年(創始者 宗道臣)
社員数
職員数80人
グループ
一般社団法人SHORINJI KEMPO UNITY、
一般財団法人少林寺拳法連盟、少林寺拳法世界連合、
金剛禅総本山少林寺、学校法人禅林学園、禅林学園高等学校
所属
3360(道場数、40ヵ国・登録会員延べ180万人)
地図
確認日
2019.06.12

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