東日本大震災の影響で、西日本の印刷会社が忙しくなった。早朝から深夜まで2交代勤務の操業で、売上は増えたが、社員が疲弊した。
毎年8月に実施していた社員アンケートに、その年「お客様の満足だけでなく、従業員のことも少しは考えてほしい」いう書き込みが多くあった。
「顧客満足」と「会社成長」と「社員の幸せ」をつなぐと「おもてなし経営」になった。
昨年3月、顧客や従業員に愛される経営を評価されて、経産省の「おもてなし経営企業選」に選ばれた。
おもてなし経営企業選
「顧客」、「社員」、「地域・社会」から愛される経営を実現している企業を、経済産業省が全国から50社推奨するコンテスト。
掃除が変えた社員の意識
大震災翌年の2012年、食堂を整備した第二工場の土地や建物に2億6千万円、第一工場の古い機械の更新や空調設備に4億円投資した。
同時に、京セラの稲盛和夫名誉会長から経営を学ぶ「盛和塾」の教えをもとに23項目の規範「私たちの信条」を制定した。品質管理活動(QC)や職場環境の改善活動(5S)に取り組んだ。
奥田さんは、日本一きれいな工場で食品包装用資材を作るために、毎朝6時半、会社で一番早く出勤して掃除をする。「仕事の基本」を社員に行動で示すためだ。
投資は、職場の環境改善が主な目的だったが、13年の売上は、大震災の時より5%ほど増えて、残業は減った。
「製造工程では、生産性の悪い機械もありますし、作業がうまくいかない個所もあります。お互いが弱いところを助け合い、作業の流れを平準化させて生産性が上がりました」
掃除が導線になって、自律型組織へ変わった。
業界の七不思議
当時の会社は設備も古いし敷地も狭かった。人事制度も経営計画もなく、従業員のモチベーションは低かった。
年功序列、終身雇用という父の方針を引き継いだが、人事制度は整備した。そして92年、父に進言して観音寺市本大町から粟井町へ、本社と工場を新築移転した。
グラビア印刷業界は設備産業と言われる。新しい装置を整えれば、一定の収益が期待できる。しかし採算を取るため、交代勤務の長時間操業で工場の稼働効率を上げることは、しなかった。同業者からは「業界の七不思議だ」と言われた。
しかし、その不思議は、社員たちと話し合い、工程を徹底的に見直して、時間当たりの生産性を計算した結果だった。入社当時6億円弱だった売上が増え始めた。
顧客とともにQC活動
情報交換でいろんな発見があった。製品の巻を少し大きくし、印刷するフィルムの種類を変えると包装効率が上がる。段ボール箱に入れて納めていた製品は、箱なしでも食品の衛生に支障はない。QC活動は、顧客との信頼関係を築く活動になった。
効率よく品質の一貫製造
印刷業界は分業化が進む。デザイン、製版、印刷、加工とそれぞれ専門会社がかかわる。また建築業界と同じように、大手の下請けが多いし、商社や広告会社の下請けもある。
グラビア印刷用の版は、シリンダロールと呼ばれる金属の表面にメッキされた銅に、「セル」と呼ばれる極小の凹型のくぼみを彫り込んで作るが、劇薬も使うので経験が要る。外注した方が、設備が要らないし、人を育てなくてもいいから確かに効率的だ。
しかし自社にデザインや製版のノウハウがあれば、思い通りの色合いが出せるし、修正も短期間に出来る。「納期」に厳しい業界で「品質」に匹敵する強みになる。
2003年にデザインや製版を社内で行うことにした。製版は、外注先が応援してくれた。設備のアドバイスやノウハウを社員に伝えてくれた。
製造現場は営業力
工場を案内した顧客にアンケートを取って、製造担当者に評価をフィードバックする。「グラビア印刷は、担当者の経験が品質に影響します。職人気質の彼らがお客様からほめられると、モチベーションが上がります」
製造現場が、貴重で有効な営業力になるわけだ。「全員製造、全員営業」戦略は、「おもてなし経営」の重要なツールだ。
夢を現実が後追い
「いよいよ次は中央に進出だ・・・・・・」。まだまだ先の夢だと社員にも自分にも言い聞かせながら、夢を現実が後追いしてくる。
印刷業界は、「刷り上がりの色が違う」などのクレームや、納期のトラブルがつきものだ。「都心に近ければ近いほど、お客様にとって便利がいい。万一、今の工場が地震など災害に遭っても、その対策にもなります。若い社員に活気や夢を与えることもできます」
中小企業は後継者不足が悩みだ。古い機械を買い替えられない工場も多い。M&Aが関東の下町の小さな工場から舞い込むかもしれない。
M&A
企業の合併や買収の総称。
◆写真撮影 フォトグラファー 太田 亮
奥田 拓己 | おくだ たくみ
- 1963年 観音寺市生まれ
1987年 立命館大学 卒業
東洋インキ製造株式会社 入社
1991年 株式会社北四国グラビア印刷 入社
2006年 代表取締役社長 就任
- 写真
株式会社 北四国グラビア印刷
- 住所
- 香川県観音寺市粟井町755
- 代表電話番号
- 0875-27-9280
- 設立
- 1976年
- 社員数
- 95人
- 事業内容
- グラビア印刷による軟包装資材の企画、設計、および製造
- 沿革
- 1970年 観音寺市八幡町に北四国グラビア印刷 創業
1976年 株式会社北四国グラビア印刷 設立
1992年 観音寺市粟井町に本社、工場を新築移転
2007年 東京営業所 設置 - 資本金
- 4500万円
- 地図
- URL
- http://www.kitashikoku-g.co.jp/
- 確認日
- 2018.01.04
おすすめ記事
-
2011.02.17
自社一貫体制で挑む商品の「顔」作り
北四国グラビア印刷 代表取締役社長 奥田 拓己さん
-
2009.11.05
会社発展の要は「従業員満足度!」
創裕 代表取締役社長 川北 哲さん
-
2021.09.16
歯科健診は従業員への「プレゼント」 満足度と生活の質向上
医療法人社団 しん治歯科医院
-
2019.01.17
従業員の笑顔を増やしていく
株式会社 中央 代表取締役 桑嶋 貴史さん
-
2024.12.05
もっと面白い未来へ プラスチック製品メーカーの挑戦
川崎化工 社長 川崎 功雄さん
-
2024.11.07
地域とともに25年 苦しい時こそ“攻め”の姿勢で
遊食房屋 社長 宮下 昌典 さん
-
2024.10.17
繋がるヒト・コト・モノ… 駅から始まるまちづくり
JR四国 社長 四之宮 和幸 さん
-
2024.10.03
足元の不安を取り除き “歩く喜び”を届ける
徳武産業 社長 德武 聖子 さん
-
2024.09.05
「紙」と向き合い140余年 四国に深く根を張り、海外も視野に
高津紙器 社長 高津 俊一郎 さん
-
2024.08.15
“応援の力”でつくる地域のウェルビーイング
百十四銀行 頭取 森 匡史 さん
-
2024.08.01
着物生地を使用したフォーマルウェアでミラノコレクションへ挑戦
マイモード 代表取締役 タキシードデザイナー 横山 宗生 さん