「おもてなし経営」の方程式を 教えてくれた社員の声

北四国グラビア印刷 社長 奥田 拓己さん

Interview

2014.02.20

「ハッとしました。社員のやる気がないと、顧客の満足を満たして、会社が発展することはありえません」。食品包装の「企画・制作・印刷」をする、北四国グラビア印刷の奥田拓己社長(50)は、社員の意欲が一番大事だと気づいた。

東日本大震災の影響で、西日本の印刷会社が忙しくなった。早朝から深夜まで2交代勤務の操業で、売上は増えたが、社員が疲弊した。

毎年8月に実施していた社員アンケートに、その年「お客様の満足だけでなく、従業員のことも少しは考えてほしい」いう書き込みが多くあった。

「顧客満足」と「会社成長」と「社員の幸せ」をつなぐと「おもてなし経営」になった。

昨年3月、顧客や従業員に愛される経営を評価されて、経産省の「おもてなし経営企業選」に選ばれた。

おもてなし経営企業選
「顧客」、「社員」、「地域・社会」から愛される経営を実現している企業を、経済産業省が全国から50社推奨するコンテスト。

掃除が変えた社員の意識

社員のために、早朝・夜間勤務を原則廃止して、社員食堂の整備やレクリエーションの開催など、福利厚生を充実した。

大震災翌年の2012年、食堂を整備した第二工場の土地や建物に2億6千万円、第一工場の古い機械の更新や空調設備に4億円投資した。

同時に、京セラの稲盛和夫名誉会長から経営を学ぶ「盛和塾」の教えをもとに23項目の規範「私たちの信条」を制定した。品質管理活動(QC)や職場環境の改善活動(5S)に取り組んだ。

奥田さんは、日本一きれいな工場で食品包装用資材を作るために、毎朝6時半、会社で一番早く出勤して掃除をする。「仕事の基本」を社員に行動で示すためだ。

投資は、職場の環境改善が主な目的だったが、13年の売上は、大震災の時より5%ほど増えて、残業は減った。

「製造工程では、生産性の悪い機械もありますし、作業がうまくいかない個所もあります。お互いが弱いところを助け合い、作業の流れを平準化させて生産性が上がりました」

掃除が導線になって、自律型組織へ変わった。
社員の身体と心の健康のために新設した社員食堂

社員の身体と心の健康のために新設した社員食堂

業界の七不思議

東洋インキに勤めていた奥田さんと、凸版印刷にいた弟の真司さん(48)が、1990年、父の正幸さん(78)創業の会社に入社した。

当時の会社は設備も古いし敷地も狭かった。人事制度も経営計画もなく、従業員のモチベーションは低かった。

年功序列、終身雇用という父の方針を引き継いだが、人事制度は整備した。そして92年、父に進言して観音寺市本大町から粟井町へ、本社と工場を新築移転した。

グラビア印刷業界は設備産業と言われる。新しい装置を整えれば、一定の収益が期待できる。しかし採算を取るため、交代勤務の長時間操業で工場の稼働効率を上げることは、しなかった。同業者からは「業界の七不思議だ」と言われた。

しかし、その不思議は、社員たちと話し合い、工程を徹底的に見直して、時間当たりの生産性を計算した結果だった。入社当時6億円弱だった売上が増え始めた。

顧客とともにQC活動

昨年、QC活動を社外へ広げた。「食品の包装工程を知らないうちの社員が、印刷の工程を知らないお客様を訪問して、話し合いました」

情報交換でいろんな発見があった。製品の巻を少し大きくし、印刷するフィルムの種類を変えると包装効率が上がる。段ボール箱に入れて納めていた製品は、箱なしでも食品の衛生に支障はない。QC活動は、顧客との信頼関係を築く活動になった。

効率よく品質の一貫製造

「当社規模のグラビア印刷業者で、デザインや製版を自社で作る所はおそらくありません。品質にこだわるための製造体制です」

印刷業界は分業化が進む。デザイン、製版、印刷、加工とそれぞれ専門会社がかかわる。また建築業界と同じように、大手の下請けが多いし、商社や広告会社の下請けもある。

グラビア印刷用の版は、シリンダロールと呼ばれる金属の表面にメッキされた銅に、「セル」と呼ばれる極小の凹型のくぼみを彫り込んで作るが、劇薬も使うので経験が要る。外注した方が、設備が要らないし、人を育てなくてもいいから確かに効率的だ。

しかし自社にデザインや製版のノウハウがあれば、思い通りの色合いが出せるし、修正も短期間に出来る。「納期」に厳しい業界で「品質」に匹敵する強みになる。

2003年にデザインや製版を社内で行うことにした。製版は、外注先が応援してくれた。設備のアドバイスやノウハウを社員に伝えてくれた。

製造現場は営業力

「お客様に工場をお見せして、製造工程を担当者が説明します。製造現場がコミュニケーションすることで、製品を信頼してもらえます」

工場を案内した顧客にアンケートを取って、製造担当者に評価をフィードバックする。「グラビア印刷は、担当者の経験が品質に影響します。職人気質の彼らがお客様からほめられると、モチベーションが上がります」

製造現場が、貴重で有効な営業力になるわけだ。「全員製造、全員営業」戦略は、「おもてなし経営」の重要なツールだ。

夢を現実が後追い

創業者の父を、母の良子さん(73)が支えた。息子の奥田さんや弟の真司さんが後を継いだ。地元の冷凍食品をはじめとする食品業界の発展とともに、最新工場を建て、一貫製造体制を整え、終身雇用や年功序列の日本型経営で拡大してきた。

「いよいよ次は中央に進出だ・・・・・・」。まだまだ先の夢だと社員にも自分にも言い聞かせながら、夢を現実が後追いしてくる。

印刷業界は、「刷り上がりの色が違う」などのクレームや、納期のトラブルがつきものだ。「都心に近ければ近いほど、お客様にとって便利がいい。万一、今の工場が地震など災害に遭っても、その対策にもなります。若い社員に活気や夢を与えることもできます」

中小企業は後継者不足が悩みだ。古い機械を買い替えられない工場も多い。M&Aが関東の下町の小さな工場から舞い込むかもしれない。

M&A
企業の合併や買収の総称。

◆写真撮影 フォトグラファー 太田 亮

奥田 拓己 | おくだ たくみ

1963年 観音寺市生まれ
1987年 立命館大学 卒業
    東洋インキ製造株式会社 入社
1991年 株式会社北四国グラビア印刷 入社
2006年 代表取締役社長 就任
写真
奥田 拓己 | おくだ たくみ

株式会社 北四国グラビア印刷

住所
香川県観音寺市粟井町755
代表電話番号
0875-27-9280
設立
1976年
社員数
95人
事業内容
グラビア印刷による軟包装資材の企画、設計、および製造
沿革
1970年 観音寺市八幡町に北四国グラビア印刷 創業
1976年 株式会社北四国グラビア印刷 設立
1992年 観音寺市粟井町に本社、工場を新築移転
2007年 東京営業所 設置
資本金
4500万円
地図
URL
http://www.kitashikoku-g.co.jp/
確認日
2018.01.04

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