日本列島回復論―この国で生き続けるために―

著:井上岳一/新潮社

column

2019.12.05

タイトルから分かりますように、この本は田中角栄の「日本列島改造論」への著者の対抗意識から書かれたものです。そして「日本列島改造論」は、経済成長に置き去りにされる地方の問題に真正面から向き合った真摯な論考であったと、リスペクトすることを忘れません。もちろん山を削り海を埋め立て道路をつくる列島改造の論理では、地方の現実を変えることはできませんでした。

著者は改造ではなく回復という方法を提示します。これは障がい者ケアの考え方から来ています。現在、障がい者ケアは、障がいをハンディではなくアイデンティティとしてとらえ、他者との関係を再構築しながら、自立して生きられるようになることに回復の目標を置くようになっていると言います。

今の日本を覆う漠然とした不安感や閉塞感をなくするには安心の基盤となるものが必要ですが、著者はその安心を築くための答えを、日本列島の山水の恵みと人の恵みに求めます。著者はそこを山水郷と名付けますが、放置された森は現在「野生の王国」と化して荒れ放題ですが、日本列島に住む限り森の存在を無視しては生きていけません。水や電気や食料の供給を都市は地方に依存している以上、そこからの人の撤退を都市は放置できません。本書では各地で行われている様々な取り組みを紹介しています。

グローバル化は東京やニューヨークやパリなどの大都市の個性を均質化しますが、日本、アメリカ、フランスの田舎の多様性や個性はまだまだ大きなものです。その国のアイデンティティが色濃く反映されています。可能性というものはここに隠れているように思います。

山下 郁夫

宮脇書店 総本店店長 山下 郁夫さん

坂出市出身。約40年書籍の販売に携わってきた、
宮脇書店グループの中で誰よりも本を知るカリスマ店長が
珠玉の一冊をご紹介します。
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宮脇書店 総本店店長 山下 郁夫さん

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