ピエリ守山は2008年にオープンしたが、客足が伸びずテナントが相次いで撤退した。照明がともる中で数店だけが営業する様子は「明るい廃墟」と呼ばれ話題になっていた。
「やはりショッピングモールに書店は必要です。それに『助けてくれ』と言われたら一肌脱ぐことはやぶさかではありません」
活字離れや電子メディアの普及などで「出版不況」と言われて久しい。創業138年、香川が誇る全国有数の書店グループ宮脇書店も例外ではないが、5代目社長宮脇範次さん(65)には揺るぎない信念がある。「本を手に取る喜びを供給する拠点になる。絶対に活字文化の空白区を作ってはいけない」
「町の本屋さん」が持つ力を信じ、宮脇さんは荒波にも真っ向から打って出る。
活字離れで崩れた神話
かつて出版業界は、日本の活字文化を担う優良産業だった。業界の売上は戦後40年余り、前年割れしたことは一度もなかった。「不況に強い安定業界」「銀行も安心して融資できる」という"神話"すらあった。
当時は宮脇書店もこの流れに乗った。前会長で宮脇さんの母・富子さん(故人)が道路沿いに広い駐車場を持つ郊外型店舗やフランチャイズ展開など時代を先取りした手法を取り入れ、飛躍的に業績を拡大させた。宮脇書店は、直営、FC合わせて全国トップの約500店舗を持つ一大書店グループに成長した。
しかし1996年頃を境に業界の風向きは一変した。「ハリー・ポッター」と「広辞苑第六版」がベストセラーになった2008年を除いて毎年前年割れが続いている。ピーク時には2兆6500億円だった業界全体の売上は今では1兆6000億円前後になり、全国で2万2000軒あった書店は半数近くの1万2000軒にまで減った。マーケットが縮小し、宮脇書店でもエリアで重複する店舗を一部閉店している。
「消費者のお金や時間の使い方の変化、インターネットやスマートフォンの普及など本が売れなくなった理由は様々です。しかし要は活字離れです。電子書籍が確かに伸びてはいますが、それほど大したことは無い。そもそも若い人に本が読まれなくなったんです」。文部科学省の調査によると大学生の3割が授業以外で本を月に一冊も読んでいないという。
本が読まれない時代にどうやって本を売っていくのか。宮脇さんは、「慎重に情勢を見ながらも、必要とされる場所があれば積極的に攻めていきたい」と話す。
居るだけでうれしくなる場所に
一時「廃墟」になっていたこともあり、当初は出店を見送るつもりだった。しかし、「ショッピングモールに書店は欠かせない」「どうしても入って助けてほしい」・・・・・・先方からの強い要望を受け出店に踏み切った。
「そこまで必要としてくれるなら、採算度外視とまではいきませんが、積極的に支援していきたいというのが宮脇書店のスタンスでもあるんです」。宮脇さんの地方へ対する思いは強い。
母・富子さんから社長を引き継いだ08年、約70店舗を持つ九州最大手の書店チェーン、明林堂書店(本社・大分県別府市)が経営破たんした。翌年、支援の求めに応じて再建スポンサーに名乗りをあげ、グループの一員として迎えた。10年には、同じく経営に行き詰まった愛媛県の丸三書店(本社・松山市)を救済支援した。現在は新丸三書店として愛媛県内に4店舗を持つ。
「今後も廃業や閉店に追い込まれる書店はたくさん出てくるでしょう。そういう時に、業界のホワイトナイト(友好的に買収、合併する企業)として地方の活字文化を継続させる力になれたらと思っています」
高松市朝日新町の総本店には約60万点の在庫書籍がある。ホームページで検索できるが、「そのままネットで個々のお客様から注文を受けようという考えはあまりありません。特に地方のお客様に対するサービスの一環です」。在庫の有無を確認して注文すれば、最短で翌日にはお客さんの最寄りのチェーン店やグループ店に本が届く。店舗まで来て購入してもらうが、送料や手数料は一切かからない。
今の時代、「Amazon」など家に居ながら買える通販サイトはもちろん脅威だ。しかし、全国を網羅した店舗と60万点の実在庫を持つ宮脇書店だからこそ出来ることもある。
「本屋は何時間でも居られるハードルの低い店です。居るだけでうれしくなるような空間にしていかなければならないと思っています」
「わが町の本屋」として
今、全国の小中学校などでは活字離れに歯止めをかけようと、始業時間前に10分程度の読書の時間を設ける「朝の読書運動(朝読)」が広がりつつある。本が子どもたちのもっと身近な存在になればと宮脇さんも期待を込める。
「本というのは、年齢や世代を超えて時代の英知を自分のものに出来る。頭の中でイマジネーションを自由に広げることも出来る。テレビやスマホとは違うこの楽しみをぜひとも味わってほしいです」
自身は夏目漱石をこよなく愛す。特に好きなのは文語体の作品だ。「読みづらい中からも立ち上ってくるロマンの世界がたまらない。時代背景を超えて感銘を受けます」
数十年前、香川県東部のある町に新店舗をオープンさせた時、いつも隣町の本屋に通っていたという少年が、「自分の町にも本屋が出来た」と誇らしげに喜んでくれた。その時の光景は今でも鮮明に覚えている。
「わが町の本屋」として、一冊でも多くの本を一人でも多くの人に届けたい。そして、宮脇さんはこう語った。「どんな地方であっても、ネットに頼らなくても、実際の本を店頭で楽しめる場を提供するのが宮脇書店の使命なんです」
◆写真撮影 フォトグラファー 太田 亮
宮脇 範次 | みやわき のりつぐ
- 1950年1月8日 高松市生まれ
1972年 東京大学経済学部 卒業
株式会社宮脇書店 入社
1983年 専務取締役
2008年 代表取締役社長
2010年 株式会社明林堂書店 代表取締役社長
株式会社新丸三書店 代表取締役社長
2012年 株式会社宮脇カルチャースペース 代表取締役社長
2013年 香川県書店商業組合 理事長
- 写真
株式会社 宮脇書店
- 住所
- 高松市朝日新町2−19
TEL:087-851-3732
FAX:087-822-4796 - 創業
- 1877年
- 設立
- 1947年
- 資本金
- 1000万円
- 関連会社
- 株式会社明林堂書店、株式会社新丸三書店
- 事業内容
- 書籍・雑誌・地図・教育機器等の卸及び小売、
書店開業・経営のコンサルティング 他 - URL
- http://www.miyawakishoten.com
- 確認日
- 2018.01.04
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