
全日空と名称貸与や運営支援のFC(フランチャイズ)契約を結び、2001年5月にJR四国ホテルグループが開業した「全日空ホテルクレメント高松」は、FC契約満了の時期を迎えていた。
「結論を出すのに1年以上かかりました」
社長の木下典幸さん(61)が選んだのは「単独」だった。2012年4月、全日空ホテルクレメント高松は、「JRホテルクレメント高松」として再スタートを切った。
どんなに苦しくても利益を出す。その信念のもと、社員を鼓舞し続けた。「きつい思いもさせましたが、よくついてきてくれました」
「単独」の道を選んだのは間違っていなかった。木下さんは、こう断言する。

ホテル4階の「クリスタルマリンチャペル」は180度ガラス張りで、空と海が目の前に広がる
0対10からの逆襲
「企業というのは、何があっても黒字でなければなりません」。黒字転換が最初の目標となった。
経費削減のために重点を置いたのは、アウトソーシングの見直しだ。例えば、ホテルのレストランや宴会の給仕などを外部業者に委託すると、最低4時間の業務は保障しなければならない。だが、ひとつの宴会は2時間程度で終わるものも多い。効率が悪かった。
「ヘルプ」と呼ばれるやり方を強化した。総務や経理など事務職のスタッフでも、一日数時間、レストランや宴会場で配膳や給仕をする場合がある。いわゆる助っ人だ。ヘルプが終わると、本来の業務に戻る。これをすべての部署で徹底し、外部委託を削った。
「宿泊担当者でも仕事が無い時は『ちょっとレストランに行ってください』と。女性には、服も着替えて配膳してもらって・・・・・・。かつて経験し教育は受けているものの、現在は分野が違いますから、正直みんな、やりたくなかったでしょうね」
ホテル業は、繁忙期と閑散期が極端に違う。木下さんは、サービスレベルは維持したまま、ピーク時でも最低限の人員で乗り切るよう社員に求めた。「かなり厳しくやりました。でも、それくらいしないとなかなか黒字にはなりません」。少しずつ利益が出るようになり、社長就任初年度で増収増益を達成した。
東日本大震災でキャンセルが相次いだ時は、「宿泊は、通常40%以上が首都圏からのお客様です。宴会も自粛し、数千万円の落ち込みでスタートしたこの年は、さすがに黒字は無理だろうと、ほとんどの社員が思っていました」。しかし、木下さんは言い続けた。「それでも黒字にするぞ」
「ヘルプ」の回数を大幅に増やした。客室の清掃やベッドメイクも課した。社員からは「それがいくらになるんだ。何千万円も浮くわけじゃない」「どうしてそこまでやる必要があるのか」という声も出た。辞めていく社員もいたが、非難は出来なかった。
「みんなプライドもありますし、このやり方でいいのか・・・・・・と悩みもしました。でも、例えやせ我慢だとしても、私が旗を降ろすわけにはいきませんでした」
「本気だ」という気持ちを伝えたかった。筋肉質で、強い会社にしたかった。
「野球で言うと0対10で負けているけど、1点ずつ返していこうと言い続けました。社員たちも理解して、がまんして、よくやってくれました」
この年、売上は減ったが、利益は前年より2000万円ほどアップした。
知名度か信念か
12年4月、全日空ホテルクレメント高松は、「JRホテルクレメント高松」に名称を変えた。英国系ホテルチェーンと全日空の合弁会社IHG・ANA・ホテルズグループとのFC契約満了に伴うものだが、FCを継続することも出来た。今後どのようにホテルの舵を取っていくのか。この時、木下さんは大きな決断を迫られていた。
「屋号が変わり、『全日空ホテル』という知名度も無くなる。正直、IHGとの契約を続けようかと揺れました。しかし、外資のやり方は、やはり受け入れられませんでした」
欧米のホテルは、「宿泊」を重視する。IHG側はFC継続の条件に、宿泊に特化した設備投資を求めてきた。「外から来た人を迎える宿泊だけ、というのは違います。レストランや結婚式でホテルを利用して頂ける宿泊しない地元の方もそれ以上に大事なんです」
FCは継続しない。「三本の矢」でやっていく。覚悟を決めた。
「香川、四国を代表するホテルとして、地元に信頼され、愛される。地域を盛り上げるという大きな役目も果たしていかなければなりません」
全日空とは、宿泊付き東京発のパッケージを販売するなど、これまで通り良好な関係が続いている。以前は出来なかった日本航空と連携した商品も用意している。
レベルアップで無くてはならないホテルに

社員のアイデアで始めた「アンパンマンルーム」は、数カ月先まで予約でほぼ埋まるほどの人気ぶりだ
地元色を出そうと、香川発の「レアシュガースウィート」を、ホテルのベーカリーショップで販売する全てのスイーツに使った。経費を抑えるため、親戚をたどって境港の水産会社からカニや高級魚のノドグロを直接安く仕入れ、和食レストランで出した。「鉄道とホテル。全くの異業種ですが、お客様に喜んでもらうというのは同じです」
人口の減少に加え、大規模なパーティーや会議も減りつつある。今後、売上は良くて現状維持、悪ければ微減が続くと見る。その中で、全国でも有数のホテルを目指し、サービス面を見直すなど、もう一段のレベルアップに努めている。
「人と接するのが好きなので、ホテルマンも合っていると思います」。JRマンから一転、ホテルマンへ。木下さんは、こう続ける。
「鉄道は無くなると大勢の人が困ります。競争が激しい業界ですが、鉄道と同じように、無くなると困る、そんな存在になりたいと思っています」
木下 典幸 | きのした のりゆき
- 1953年 2月8日生まれ 鳥取県境港市出身
1977年 3月 大阪大学工学院工学研究科修了
1977年 4月 日本国有鉄道入社
1987年 4月 国鉄分割民営化に伴い、四国旅客鉄道株式会社へ移る。
高松運転所長、旅行業事業部国内販売課長、
安全推進室長、鉄道事業本部運輸部長、
鉄道事業本部長などを経て
2010年 6月 株式会社ジェイアール四国ホテル開発
代表取締役社長
- 写真
JRホテルクレメント高松
- 所在地
- 株式会社ジェイアール四国ホテル開発
高松市浜ノ町1−1
TEL:087-811-1115(総務課)
FAX:087-811-1116 - 設立
- 1997年10月28日
- 資本金
- 1億円
- 株主
- 四国旅客鉄道株式会社100%出資
- 事業内容
- ホテル業 他
- 社員数
- 144人(2013年1月1日現在)
- 確認日
- 2018.01.04
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