人類堆肥化計画

著:東千茅/創元社

column

2021.10.07

人類堆肥化計画という書名はSF小説のようでもあり、どんな内容の本かちょっと想像出来ません。もっともこのタイトルは、ご存知の人もいると思いますが『新世紀エヴァンゲリオン』の「人類補完計画」をもじって付けたとのことです。この人類補完計画に対して著者は批判的で苦々しく思っていて、ぜひそれ以上のものを打ち立てたいという思いから付けたようです。

著者は大阪から奈良に移り住み農業や鶏の飼育をしながら里山に住んでいます。里山に対する世間一般の人たちが、のどかでつつましい生活というイメージを持っていることに異議をとなえます。よくある田舎に移住して農業をしていますという本とここが違うところで、宮沢賢治や山尾三省にも厳しい言葉をかけることも忘れません。「強欲なわたしは、多種の息づく里山に移り住み、堆肥をせっせと作りつづけてきた。堆肥とは、人間が積んだ刈草や落ち葉を、小動物や微生物たちが寄ってたかって分解したものであり、野菜を含む植物たちの糧になるものである。…堆肥の底のどす黒い部分こそがよく生命を育むように、人間の腐った性根が里山には重要なのだと私は主張したい」と著者は述べます。

人類の堆肥化というのは、人が死んで堆肥になるという訳ではもちろんなく、生物学的にも道徳的にも腐敗しようということです。自分がいかに腐敗しているかを主張するのは可笑しなものだと自嘲しつつも、里山生活に付随する質素なイメージを払拭するためにはそれは是非ともしなければならないといいます。「私の生きる目的は、ただ悦びを得ることだけにある。わたしはあくまで貪欲なのであって、禁欲や清貧の立場から堆肥を語るのではない」とはっきり言いきります。

奢侈(しゃし)への執着や人間ばかりが蔓延する都市を欲求のまずしいところとして捉え、里山を、人間を含む貪欲な多種たちの賑やかな吹き溜まりと捉えなおすことを提唱します。コミュニティとのつながりが大切なことと言われますが、一方でコミュニティに首までどっぷりつかることに居心地の悪さを感じる人に是非一読をおすすめします。

山下 郁夫

宮脇書店 総本店店長 山下 郁夫さん

坂出市出身。約40年書籍の販売に携わってきた、
宮脇書店グループの中で誰よりも本を知るカリスマ店長が
珠玉の一冊をご紹介します。
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宮脇書店 総本店店長 山下 郁夫さん

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