
左から 香川県教育委員会教育長 工代祐司さん、香川大学学長 筧善行さん、香川県高等学校長協会会長 山本浩樹さん=高松市番町の香川大学イノベーションデザイン研究所
ビジネス香川 新春スペシャル企画
“戦後最大”とも言われる大幅な学習指導要領の改訂で高校教育はどう変わり、香川の若者たちはどのように育まれていくのか。
教育現場の最前線に立つ、香川大学の筧善行学長、香川県教育委員会の工代祐司教育長、県高等学校長協会の山本浩樹会長が「教育の今とこれから」について熱く議論を交わした。
高校で2022年度の入学生から実施されている国の新「学習指導要領」。新しい時代に必要な学力として「知識及び技能」「思考力、判断力、表現力等」「学びに向かう力、人間性等」を掲げ、教科・科目の新設や再編、「総合的な探究の時間」などが加わった。
筧:「生きる力」とは、何に対して、どんな世界で生きる力なのか。世の中が不安定で不透明なので、実は非常に難しい話。今は戦争も行われているし、日本が脅威にさらされているところもある。「困難な状況下でも生き抜く力を養え」と国が突然言い出した。まあまあ強引な言い分だが、言わんとしていることも分かる。つまり「もう“ロールモデル”は存在しない。自分で耕し、自分自身でロールモデルにならなければいけない」ということ。そこが大きく変わっていくところでしょうか。
山本:「思考力・判断力・表現力」とは、世の中で起こっていることを考えて、自分たちで判断し、表現し、課題解決へと導いていく。「学びに向かう力」とは、いろんなことに対して主体的に取り組み、人といっぱい繋がれるような姿勢を身につけていくこと。私が勤める丸亀高校の課題解決型の授業では、香川特産の香川漆器を広めるためにクラウドファンディングを活用したり、うどんや骨付き鳥で新しいお菓子をつくって販売し、丸亀城の石垣修復に寄付したりしたグループもある。
ここで議論は「高大接続」に。高校生が身につける思考力や判断力、学びに向き合う力や主体性などを、高校や大学はどのように評価していくのか。

工代:確かに評価については非常に苦労している。昔はテストの結果で学力の評価がほとんど決まっていたが、今は観点別評価を取り入れ、多面的に評価している。ただ、大学入学共通テストを受けなければならないとなると、難しい面は多い。
山本:探究活動を楽しんでいる生徒は多いが、学長も話されたように、大学入試にどう繋がるのかを生徒たちはすごく見ているし、どうしても「共通テストの勉強をしなければ」となっていく。その評価がうまくいけば、さらに活動が活性化すると思うが。
筧:将来的に見ると、探究的な学びは間違いなく良いと思う。総合型選抜などやり方はいろいろ増えてきたが、いっそのこと大学入試の関所を緩くするのはどうか。コロナでオンライン授業も増えているので、例えば定員より2~3割多くとる。まずは受け入れ、目指す能力がどのぐらいついているかを見極めてから改めてセレクションをかける。自分に適性がないと思ったら別の大学に行ってもいい。その方が優秀な人材が早く育つのではないか。
工代:そういう意味では、これからの大学の役割は非常に大きいと思う。大学で学ぶ内容は、探究し、課題解決へ向かう学問。高校で発展的な教育活動を行うためには大学との連携がさらに重要になっていくと考えている。特に香川大学の「DRI教育」を高校でも生かしていきたい。
香川大学では現在、独自のDRI教育(「デザイン思考」「リスク管理」「情報・数理・データ科学」能力により、地域社会の課題解決を目指し、新たな価値を創造できる人材を育成していく全学共通のプログラム)に力を注ぐ。
工代:現在、県教育委員会では県立高校での学びの改革を目指し、香川大学の創造工学部、教育学部、経済学部の先生にも入っていただいて、「香川型教育メソッド」をつくろうと研究会を立ち上げている。今年度中には「こういう教育の方法をもっと進めよう」と各県立高校に示したいと考えている。高校と大学の教育は非常に近接してきたと感じる。
筧:「デザイン思考」については、思考能力がいかに身についたかを可視化させるのがやはり難しい。香川大学でも今しきりにそれに取り組んでいる。高校生に対する課題解決型の授業でどういう能力が身についたかを客観的に評価できるところまでいくと、大学入試が大きく変わる可能性もある。そういう授業自体は絶対に無駄ではないし、間違いなく郷土愛は育まれていくと思う。
香川県が2021年度から5年計画で進めている「県教育基本計画」の重点項目の一つに「郷土を愛し、郷土を支える人材の育成」がある。

工代祐司さん「香川の空に夢を描こう
空は全世界に広がり、繋がっている」
山本:でも今の高校生、香川好きですよ。私は昔も丸亀高校に勤めていましたが、今の生徒の方が地元を好きなんじゃないですかね。
工代:そうなんですか?それはうれしいし、びっくりですね。
筧:いや、本当にびっくりしました。
山本:例えば課題解決型の学習で、「香川にはこんな文化があるのか」「自然災害が起こるあの川はなぜいつも洪水警報が出るのだろう」といろいろ調べたり、そういった学習の中で「香川ってこんな課題があるのか」「こんなアピール点があるのか」というのを発見する。すると、高校を出てそのまま香川でその勉強を続けるかと言われればそうはならなくても、他県や外国へ行ってスキルを身につけ、「じゃあ香川に帰ってきて何かやったろうか」と思う子も中にはいるのかなと。
筧:地元にどんな問題があるのかを深く知ることが、将来、いろんな地方の活性化を支える人材の育成に繋がると思う。ただ、どうしても香川の若者は、大学などの教育機関が少ないので一旦は外に出ざるを得ない。郷土愛の捉え方も多角的に心を広く持っておかないと。山本先生が一生懸命郷土愛を説いても多くは外に出るわけだから…。でも私は「それは決して無駄ではない」と言いたいですね。恐らく自分の育った原風景みたいなものが心に染みついているかどうかが大事で、もっと地元を愛する人を増やさないといけないという点は間違いないと思うので。
香川県教育委員会は昨年3月、香川経済同友会と「次世代の優秀な人材育成」を目指した連携協力協定を締結した。地元企業に期待することとは―
工代:企業の「高校生にいろいろ発信したい」という思いは徐々に強くなっていると感じる。経済同友会や中小企業家同友会からも「出前授業をしましょうか」「探究型授業を手伝いましょうか」という声を多くいただいている。
山本:先日ある企業に学校で講演をしていただいたら、「えっ、あの製品はこの会社がつくっていたの?」と。高校生たちは、知れば「そんなアイデアを持つ企業なら私たちもこんなことを考えているので、ちょっとヒントをもらいに行こうかな」という気持ちになる。そういう機会が増えるよう、私たち教員ももっと熱くなって動かなければならない。それで道をつければ、子どもたちは企業を知って香川のことも知って、となっていくと思う。
筧:自分たちが使っているスマートフォンの中に「実は香川の企業がつくる材料がいっぱい入っている」って知ったら、びっくりしますよね。そういうことを知らないまま県外に出てしまっているから。
工代:自分で起業する精神を持つ子も増えてきている。高校生を連れてある丸亀の企業を訪ねた時、若い社長さんの話を聞いた子どもたちの目の色が変わったんですよね。

工代:そうそう。
山本:高校生たちに「どうすれば自分のやりたいことができるのか」「どうすれば起業できるのか」という興味はすごくある。「こうやって起業したんだよ」という話が聞ければ、「自分も将来そういう道に進んでいきたい」と夢を抱く子はけっこういると思う。
筧:最初に言ったような「ロールモデル」があればどんどん増えるんじゃないですかね。今ある会社の半分くらいは10年後には無くなるとも言われているので、新しい会社がいっぱい出てこないと逆におかしい。そういう意味では、やはりものすごい変化の時代になっている。コロナを経てなおさらですね。
工代:商業や農業など専門的な高校の教育内容をもっと知ってほしい。水産科の実習船や工業科の特殊な機械など充実した設備の下、幅の広い、興味深い教育をしている。専門高校から大学への進学を目指している生徒も多く、高度な知識と技術が学べるので、これからもっともっと専門高校の魅力を発信していきたいと思う。
これからの若者に望むことは―

山本浩樹さん「自分で考え、人と繋がり
新しいものをつくり上げてほしい」

筧善行さん「『本当に困っていること』を見抜く力
身につければ“百人力”」
篠原 正樹
筧 善行 | かけひ よしゆき
- 1954年京都市生まれ。名古屋市で育ち、京都大助教授、香川医科大(当時)医学部教授などを経て、2017年香川大学長。趣味はゴルフと音楽鑑賞
工代 祐司 | くだい ゆうじ
- 1956年坂出市生まれ。81年香川県採用。環境森林部長、政策部長、審議監などを経て、2017年香川県教育委員会教育長。趣味は読書と木工
山本 浩樹 | やまもと ひろき
- 1963年土庄町生まれ。85年教員採用。香川県教育委員会事務局人権・同和教育課長、香川県立高瀬高校校長などを経て、2020年丸亀高校校長、22年香川県高等学校長協会会長。趣味は旅行とスポーツ観戦
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