「下町ロケット」弁護士 日本のものづくりを支える

内田・鮫島法律事務所 弁護士・弁理士 鮫島 正洋さん

Interview

2016.02.18

自分達の技術力を信じて大企業に立ち向かっていく小さな町工場の物語「下町ロケット」が大ブームになった。作家・池井戸潤さんの直木賞受賞作で、昨年放送されたテレビドラマは高視聴率を連発した。

従業員200人程の中小企業・佃製作所が、大手企業による特許訴訟で窮地に立たされるシーンがある。このピンチに颯爽と現れた救世主、神谷弁護士のモデルになったのが、内田・鮫島法律事務所の鮫島正洋さん(53)だ。

2月4日、高松市で開かれた第7回ビジネス香川交流会で鮫島さんは講師として登壇し、強い口調でこう話した。

「これからの中小企業は大企業の下請けではなく、独自の技術で製品を作っていかなければならない。独自製品となった瞬間、知財戦略が必要になってきます」

今、中小企業の知財戦略は、国が掲げる地方創生の切り札として最重要項目に挙げられている。メーカーの元技術者でもある鮫島さんは、知財系弁護士の第一人者として、中小企業に寄り添い、世界に誇る日本のものづくりを守り、支えていく。

中小企業の強い味方

ビジネス香川交流会には、県内の政治や経済など各分野から約150人が集まった (写真:朝日新聞高松総局 佐久間泰雄)

ビジネス香川交流会には、県内の政治や経済など各分野から約150人が集まった
(写真:朝日新聞高松総局 佐久間泰雄)

鮫島さんはこれまでずっと、中小企業を応援してきた。代表を務め、企業の知財戦略などをサポートしている東京・虎ノ門の内田・鮫島法律事務所では、顧客の約8割が中小企業やベンチャー企業だ。大企業から佃製作所を救った下町ロケット効果で、すっかり中小企業の強い味方というイメージも定着した。「ここ数カ月は、すごい勢いで中小企業からの仕事が入ってきています」

中小企業にこだわるのには理由がある。その技術レベルの高さに魅了されたからだ。「大企業が何年もかけて出来なかったものを、名前も聞いたことのない小さな企業が作り上げる。技術に命を懸けた人達が持つすごい技術に出合うと、ここには大企業とは全く違う世界があるとワクワクするんです」

だが、その技術がしっかり守られているのかと言えば、そうとは限らない。現在年間に30万件余りの特許が出願されているが、このうち中小企業による出願は10%にも満たない。鮫島さんの事務所にも、「共同開発で自分達の技術を大企業に開示したら、そのまま特許出願されてしまった」「特許を持つ自社製品の模倣品が出てきたので権利交渉をしようとしたら、出願の仕方が悪く、全く役に立たなかった」・・・・・・知財に関するトラブルは後を絶たないという。「香川にも技術力に優れたニッチトップな企業が多くあると聞いています。でもニッチトップと言いながらも、アジアなどからライバルが進出してくるリスクもある。知財をおろそかにしてはいけないんです」

他人の技術を自分のものとして特許出願するというのは極めてモラルのない話だが、鮫島さんは「法的に見ると、技術を奪われた方の脇が甘いということになる。企業競争の世界は生き馬の目を抜くようなところもありますから」と警鐘を鳴らす。

一つの特許を取ろうとすると、申請、審査、登録など最低でも70万円の費用が掛かる。中小企業にとっては重大問題だ。鮫島さんは「何が何でも特許を取るべきだ」とは決して言わない。だが、こう投げかける。

「費用が掛かるから特許を諦めようというのはおかしな議論です。その費用で何が得られるのか。たとえ数千万円掛かっても、そこに10億円の市場があればどうしますか?」

強調するのは、コストとリターンだ。「香川の企業で考えると、市場が県内までなら知財は必要ない。香川発日本止まりなら微妙ですが、もしアジアや世界に出ていくのであれば絶対に知財戦略をやらなければダメです」。そしてこう加える。「コストとリターンのバランスをどう判断するか、全ては経営者の考え方一つです」

知財で人生が変わった

「池井戸さんとは以前から飲み友達でした。モデルと言われるのは荷が重いんですが、小説やドラマをきっかけに、地味だった特許や知財の世界を少しでも知っていただけたかなと思っています」

下町ロケット人気で一躍時の人となった鮫島さんだが、実は社会に出て間もない20代の頃、大きな挫折を味わっている。

「人生の停滞期でしたね」

東京工業大学金属工学科を卒業後、大手電線メーカーに就職した。技術者として最先端の電線素材など数々の開発を手掛けていたが、「仕事をすればするほど、自分がエンジニアに向いていないことが分かるんです。あの頃は本当につらかった。自分は何をすべきなのか、何のために社会にいるのか・・・・・・全く分からなくなってしまったんです」

自分に向いている仕事は何なのか。そこで出合ったのが知財だった。会社に勤めながら弁理士の資格を取り、5年後には司法試験にも合格。技術者だった鮫島さんは、その技術者を支える側に身を転じ、やりがいを見出した。「法律を学ぶことは本当に面白かった。人生を変えてくれた知財には恩義を感じているので、普及啓発にも努めて、恩返しをしていきたいですね」

数年前から、異業種の若者らに声を掛け「世代間交流会」を定期的に開いている。自分のやりたいことを模造紙に書いて発表し、他の参加者からアドバイスをもらうというものだ。発表後、目標に向かってさらに邁進していく人もいれば、計画を一から練り直す人もいるそうだ。「発表を重ねるうちに、本当にやりたいものがきっと見えてきます。私もそうだったように、どんな時代でも道に迷っている若者はたくさんいます。彼らを応援して、活躍出来る場を作りたいと思っているんです」

道標となる続編に期待

下町ロケットのドラマでは脚本の監修も務めた。神谷弁護士が佃製作所の佃社長にこう話すシーンがある。「僕の裁判での勝率、ご存知ですか?8割です。残りの2割は勝訴に等しい和解です。なぜだと思いますか?負ける裁判をしないからです」

実はこのくだり、鮫島さんは台本チェックの段階でカットしたそうだ。「あまりにも大げさなので。でもテレビを見ていたら、あれ?消したはずなのに・・・・・・とびっくりしました。訴えられた人が私を頼って来た時に、『これ、負けそうだからよそへ行ってください』とは言えませんよ」。苦笑いしながら振り返る。

小説やドラマのヒットで、知財の認知度はかなり上がったと感じている。しかし、それ以上に読者や視聴者に分かってほしいことがあった。

「私達はものづくりによって多くのものを享受しているにもかかわらず、油や埃にまみれた作業現場を敬遠したり資金調達の苦労を知らなかったりする。日本のものづくりは、下町ロケットのように頑張っている人達がいるからこそ存在しているんです」

「下町ロケット3」を待ち望んでいる人も多いことだろう。鮫島さんもその一人だ。どんなストーリーを期待しているのだろうか。

「東大生など若者によるベンチャーが今、元気です。彼らは経営センスに長けていて、技術ベンチャーなら知財戦略が必要だと直感的に理解している。そんな日本の将来を引っ張っていくような、世の中の道標になるような物語を池井戸さんにお願いしたいですね」

鮫島 正洋 | さめじま まさひろ

1963年 神戸市生まれ
1985年 東京工業大学金属工学科 卒業
    藤倉電線(現フジクラ)入社
    電線材料開発等に従事
1991年 弁理士試験 合格
    日本アイ・ビー・エム 入社
    知的財産マネジメントに従事
1996年 司法試験 合格
1999年 第二東京弁護士会 登録
2004年 内田・鮫島法律事務所 開設
2012年 知財功労賞(経済産業省・特許庁)受賞
【専門分野】
・ものづくり企業向けの知的財産権法を中心とした技術法務
・IT関連企業向けのビジネス法務
・知財経営に関するコンサルティング
写真
鮫島 正洋 | さめじま まさひろ

弁護士法人 内田・鮫島法律事務所

住所
東京都港区虎ノ門二丁目10番1号
TEL:03-5561-8550
FAX:03-5561-8558
設立
2004年7月5日
人員
弁護士23名/スタッフ10名
所属
東京弁護士会
確認日
2018.01.04

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