「公平」な環境をつくる特別支援教育を

香川大学教育学部附属特別支援学校 校長 坂井 聡さん

Interview

2023.04.06

視力が低いのも視覚障害の一つだが、眼鏡をかければ支障なく日常生活を送れる。「当たり前ですよね。それと同じで、字が読めない、手足が不自由、知的障害がある、いろんな障害を補うツールを使えばいいんです。障害を持つ人も周囲と同じように社会に参加できる『公平』さが受け入れられない環境だとしたら、障害は人ではなく環境の方にある。だから私は『害』の字をひらがなにはしません」

インクルーシブ教育の先駆

従来の特別支援教育は「障害は人にある」「頑張って訓練し、できないことをできるようにする」という医学モデルの考えに基づく。大学を卒業し特別支援教育の現場に立った坂井さんも、当初はその方針で指導に当たっていた。

だが、訓練によって自分でボタンを留められるようになった生徒とショッピングに出かけた時、「ほしい服がない」と言われてショックを受ける。「ボタンを留める動作には、本来『この服を着たい』思いが伴うはず。動作は思いを叶え、喜びを味わい、生活の質を向上する手段に過ぎません。いくら訓練してもできないことはあるし、頑張ってもできなかった時の子どもの気持ちがわかりますか? それより障害を補う手軽なツールを活用して、誰でも自分の心を表現できるようにする方が大事ではないかと気づきました」。1990年代半ばの日本では、まだ浸透していなかった考え方だ。

それをきっかけにインクルーシブ教育の研究を始め、2005年からは香川大学教育学部で教鞭をとっている。現在は、大手通信キャリアと連携して障害のある人の生活をサポートするソフトやアプリを開発中。「コロナ禍でICTが浸透し、GIGAスクール端末を通じて使いやすくなりました。ツールを活用して周囲と公平に過ごせるようになると、驚くほど積極的になったり、優れた力を発揮する子もいますよ」

教育の現場で伝える思い

同じ風景を見るためにそれぞれの個性に 合わせて配慮する「公平」の在り方を示す図

同じ風景を見るためにそれぞれの個性に
合わせて配慮する「公平」の在り方を示す図

2019年から4年間校長を務めた附属坂出小学校では、合理的配慮の考え方を表す「平等と公平」の図を校内に掲示し、週1回の朝礼で必ず特別支援の話をした。「今の世の中は自分の基準に合わない存在を排除する風潮があります。好きになれなくても、仲良くしなくてもいい、でも排除はいけない。排除される側ではなく排除しようとする環境の方に問題があると伝えました」。校長室に遊びにくる子も多く、異動が決まると子どもや保護者から「朝礼の話でとても考えさせられた」「パラリンピックに興味を持つようになった」と手紙が届いたという。

4月から、香川大学教育学部附属特別支援学校の校長に就任。今の道に進むきっかけとなった、白血病で亡くなった高校時代の友人の写真をずっと持ち歩いている。「病気で苦しむ子を助けたいという青春時代の情熱からすべてが始まりました。これからも現場の実践と研究の両輪で、子どもたちが障害の有無にかかわらず『生まれてきてよかった』と思える教育環境をつくっていきたい」と語る。

戸塚 愛野

坂井 聡 | さかい さとし

略歴
1962年 京都府生まれ
1985年 香川大学教育学部卒
    香川県立高松養護学校 教諭
1986年 香川中部養護学校 教諭
1994年 香川大学教育学部附属養護学校 教諭
2003年 金沢大学大学院教育学研究科
    障害児童教育専攻修士課程修了
2005年 香川大学教育学部 助教授
2013年 同 教授
2015年 同 大学学生支援センターバリアフリー支援室長
2019年 同 大学教育学部附属坂出小学校長
    同 附属幼稚園長
2023年 同 附属特別支援学校長

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