ソングの哲学

著:ボブ・ディラン/岩波書店

column

2023.05.04

ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞してびっくりしたのが2016年で、あれからもう6年以上経ってしまいました。1960年代から70年代にかけて、人生の一番多感な時に海外のポップスを聞いて過ごした人たちには、私も含めてディラン(普段呼ぶようにボブは省略します)は無視できない存在だったと思います。個人的なことをいうと、ディランだけではなくディランズチルドレンと呼ばれていた人たちが海外にも日本にもおり、その人たちの歌を私はよく聞いていました。ところでそのディランが18年ぶりに本を出しました。すでにディランの歌詞集の翻訳も出版されている佐藤良明さんがこの新刊も訳されており、その紹介文によれば「ソングの大家が語るソング論」ということになります。英語のソングは、古代中世の詩歌も含むらしいので原題にはソングの前にモダンが付いています。もちろん懐メロを適当に紹介したような本を、ディランが書くわけもなく一筋縄ではいかないような内容です。

紹介されている曲は全部で66曲。スティーヴン・フォスターからエルヴィス・コステロまで。正直知っている曲は半分足らずです。一曲あたり4ページ、各所に添えられた約150点に及ぶ図版が素晴らしい。訳者の佐藤良明さんも言うように、ディランの依拠するところが歌にこもる民衆のコモンセンスとアメリカ文化のありようにあり、レノン=マッカートニーを相手にせず、ブライアン・ウィルソンは名前も出てこないのも、その軸足がカントリーとブルースとそのルーツならそれも納得できる気がします。若いころはペリー・コモやボビー・ダーリンなどは、バカにして聞きもしませんでしたが、この本を通して読んでみるとこれも納得してしまいました。

ところで日本にもこんな本を書く人はいないでしょうか。三波春夫、三橋美智也、北島三郎、森進一、美空ひばり、都はるみ、伊東ゆかり、藤圭子、ちあきなおみ、そのほか60人くらいはあっという間にあげられそうです。日本の場合、そのキーワードは民衆のコモンセンスではなくて情念でしょうか。ですからシティポップと呼ばれるものは、私はちょっと苦手です。

山下 郁夫

宮脇書店 総本店店長 山下 郁夫さん

坂出市出身。約40年書籍の販売に携わってきた、
宮脇書店グループの中で誰よりも本を知るカリスマ店長が
珠玉の一冊をご紹介します。
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宮脇書店 総本店店長 山下 郁夫さん

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