
田村神社(高松市一宮町)にある細川勝元の名前が彫られた石板
南北朝時代の細川頼之以来、讃岐は細川宗家である京兆家(けいちょうけ)の本拠地となっていました。勝元は当時、その当主であり、讃岐武士たちは細川家臣団として参陣したというわけです。そして、勝元軍の中でも、安富・香西・奈良・香川氏は細川四天王と呼ばれ、特に主力を構成していました。彼らは、内衆として常に在京し、身近で京兆家を支えていました。
安富氏は雨滝山(さぬき市津田町)に、香西氏は勝賀山(高松市香西地区)に、奈良氏は聖通寺山(宇多津町・坂出市)に、そして香川氏は天霧山(多度津町、三豊市三野町)にそれぞれ城を築き勢力を張っていました。今でもそれらの山に登ると、城の遺構を見ることができます。
応仁の乱の中でも最も激しい戦闘であったといわれる相国寺の戦いでは、香西、安富の2将が、讃岐武士を率いて戦い、安富元綱らが戦死しています。元綱は勝元の寵臣の第一であったといわれ、その死を聞いた勝元の悲嘆は大きかったといいます。

細川勝元の祈願所といわれる巨鼇山地蔵院萩原寺(観音寺市大野原町)。萩の名所
読者の皆さんのご先祖様も、応仁の乱で戦っていたかもしれません。
歴史ライター 村井 眞明さん
- 多度津町出身。丸亀高校、京都大学卒業後、香川県庁へ入庁。都市計画や観光振興などに携わり、観光交流局長を務めた。
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歴史ライター 村井 眞明さん
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