「信頼」の復権 ~地域をもっと支える農協へ~

JA香川県 代表理事 田辺 広さん

Interview

2011.10.06

就農人口の減少と高齢化が止まらない。去年の農業調査では全国で205万余人、平均年齢65.8歳。香川県は69.1歳だ。JA香川県の畜産を除く農産物の販売高は約230億円。その3割を就農者の1.4%、320人の販売高1000万円以上の農家が、あとの7割は兼業農家、高齢者主体の農家が生産する。

「あと10年もすれば香川の農業は後継者不足などで継続できなくなる」・・・JA香川県代表理事理事長の田辺広さん(58)は、危惧(きぐ)している。

去年6月、一番若い理事の田辺さんが理事長に抜擢された。うどんの不適正表示、何度も起きた職員の横領など、信頼を失った組織の立て直しのためだ。

※農業調査
農林水産省の農業経営統計調査。

※JA香川県
香川県農業協同組合。JAはJapan Agricultural Co-operativesの略。

農業も経済も

金融機関は、同じ部署に人を固定したら不正が起こりやすい。銀行員の人事異動は横領や浮き貸しを防ぐために平均2~3年が普通だ。

「農協は全く違います。営農指導はひんぱんに担当が交代したら仕事が出来ませんから、金融部門でも顔なじみをなんで転勤させるのだと組合員から苦情がでます」

だからといって、農業生産や農家だけを視野に入れたのでは組織は変わらない。「今までの営農中心から、金融機関として利用者保護のために意識を変えないといけないんです」

企業の農業参入は加速する。大規模農業法人と兼業農家との隔たりは広がる一方だ。農業も経済も含めて地域社会を支える農協は、組合員の多様なニーズに応えなければならない。

※浮き貸し
金融機関の職員が自分または第三者の利益をはかるため、不正に貸し付けなどを行うこと。

※営農指導
組合員の農業経営や地域営農集団の育成など、生産技術だけでなく、合理的な農業経営の確立を指導する。

JA香川県は日本一

今年6月、JA香川豊南は総代会で、2年後の4月にJA香川県と合併することを決めた。奈良県(奈良県農業協同組合)と沖縄県(沖縄県農業協同組合)に続く、3番目の県単一農協になる。

香川の耕地面積は35位だが、JA香川県は組合員数13万3000人、貯金量1兆5000億円余、長期共済保有高4兆6000億円で日本一だ。

「規模が小さいから統合できたとも言えるんです。他県の農協が一つになったらもっと大きくなります」

JA香川県は、年金が農産物販売高の約2倍、940億円集まる。「悲しいかな力の入れどころです。他県には、信用、共済中心の組合がありますが、信用金庫とどこが違うのかと思います」

香川県の農業依存度はわずか20%台(2008年度全国平均38.1%)しかない。「野菜は無理ですが、米は田植えも機械化できますから兼業農家が多いんです」

農業者がいなくなったら組合の看板を変えないといけない。田辺さんは真顔で言った。

※JA香川豊南
香川豊南農業協同組合。

※農業依存度
農家の所得に占める農業所得割合。

信用・共済で赤字穴埋め

農協の主な事業は4つある。販売事業(農産物の販売)、購買事業(農業資材の供給)、信用事業(貯金の受入れ、貸出)、共済事業(各種共済)だ。

ところが肝心の「農業」を扱う販売、購買事業部門は赤字で、信用、共済事業部門の収益でまかなっている。

政府の規制・制度改革で「信用、共済事業の分離」が検討された。農業関係事業の自立が課題だが、農産物の価格は低迷、農業資材は原材料や燃油の高騰で売り上げが減っている。

260億円不正融資事件

1991年9月、高松東部農協の不正融資が発覚した。「高松東部農協の組合長が、不動産会社へノンバンク7社から260億円借り入れて迂回(うかい)融資していたんです」

県農協中央会に在籍していた田辺さんは、ノンバンク7社が相手の訴訟事件に従事、96年に決着がついた。

「貯金保険機構等の支援を得て、145億円余りを支払い、和解しました」。97年10月、高松市中央農協への事業譲渡で最終的に解決した。

「この事件に奔走したことが、私の大きな経験になりました」。事件の後始末が終わって、田辺さんはJA香川県へ転籍した。2010年6月、総務部長の田辺さんが、執行役員決定機関の経営管理委員会で理事長に選ばれた。

※農協中央会
単位農協および連合会の経営指導、監査、教育等を行う独立的な機関。

金融機関の戒め

「高松東部農協は金融部門を持っていたから、不動産会社に260億円もつぎ込んでしまったんです」。事件当時と今も、体質は変わっていないと田辺さんは思っている。

「A支店が店舗を新しくすると言い出したら、BやC支店も一緒にやってくれといいます。収支の見通しもなく、施設の修理も承認を求めてきます」

田辺さんは金融部門を持つ農協組織の体質を戒める。「組合員から預かった貯金を運用している資金が潤沢にあるからといって、算段が甘くなってはいけないんです」。田辺さんは力を込めた。

業務改善命令

これまで何度も不祥事が起きた。07年と09年にも業務上横領事件などで県から2度も業務改善命令を受けた。

「内部牽制がきく組織にしなさい。大幅な人事異動をやりなさい。支店の統廃合や役員数の削減を進めなさいなど、指示されました。当たり前の内部統制や法令順守が、徹底できていなかったんです」

支店の相互チェック体制と内部管理を強化した。人事権限を本店に集中した。役員定数の削減は、総代会(総代定数970人)で定款変更した。監査部は理事長の指示で動けるように直轄にした。

押しつけでなく納得を

しかし業務改善の実行は容易ではない。役員の削減は、地域の支店長に反動が来る。「組合員の平均年齢は69歳です。集落で、50代の若造では話にならんから役員を呼べと言われます。まとめるのに手間がかかるんです」

農協は下の意見をくみあげて全体をまとめていく組織だ。トップダウン経営では、組合員の理解が得られない。

信頼関係を大事にする田辺さんは組合員に聞く。「あと何年農業をできますか、跡継ぎはと聞いたら、いない人が多いんです」

支店の統廃合を強硬に反対する地区もある。後継者がいなくなる所に支店を置けない事情を説明する。合理化を押しつけるのではない、納得してもらうのだ。

「苦情は財産です。いろんな意見を取り込んで地域住民から支持されないとJAの役割は発揮できません」。小回りが利かない組織の合意形成には、時間がたっぷり必要だ。

10年後の農業をだれが担うのか

香川の農業就業人口は3万5000人、5年で26%減少した。「兼業農家が集落営農をやったり、JAが農業生産法人をつくるでしょうが、担い手を育てないと継続できません」

住民や、多様な農業者を巻き込んだ地域コミュニティーの活性化。その農協の役割が、経済効率だけでは成り立たない農業を持続発展させると田辺さんは考えている。

民主党内閣は、環太平洋連携協定(TPP)に強い意欲を示した。関税撤廃で農産物は壊滅的な打撃を受ける。戸別所得補償制度などの導入や金融事業の監査強化の動きもある。コメの先物市場の復活で、農業は市場原理に翻弄される。農協は国の農政に振り回される。

「国は10年後の食糧自給率を50%にというが、誰が責任を持つのか、10年後の農業を誰が担うのか」・・・物静かな口調で、田辺さんは、農業と地域の課題に正面から挑む。

※集落営農
集落など地縁的にまとまりのある一定の地域の農家が、農業生産を共同して行う営農活動。

※多様な農業者
JA出資型農業法人、大規模農家、集落営農、農業法人、兼業農家、新規就農者、農地の貸手など。

チョウは美しい

左右対称の見事なデザインと極彩色はだれのために描いたのだろう・・・トリバネアゲハとモルフォチョウの標本が理事長室に飾られている。

「チョウと、ガを区別するのは、日本人だけのようです」。教えてくれた田辺さんは小学生の時、3人の同級生と採集を始めて以来のコレクターだ。美しさに惹かれた。

採取地は四国が中心だが、減ってきたので外国のチョウを買うことが多くなったと眉を曇らせる。

標本作りは、羽を水平に広げるのが難しい。

「軟化方法は人によって違いますが、誰でもできる方法がある。湿った砂の上に餅を焼く金網を置いて、三角紙に入ったチョウをそのまま乗せておくと、湿気でチョウが軟らかくなるんです。羽は薄くもろいので下手な人がやると穴が開きます」

羽を広げた状態で、ピンでとめて乾燥させる。「カビを防ぐため、ふつう石炭酸を使いますが、猛毒だから私は正露丸にします」。安全にこだわっている。

完全に乾燥させて標本が完成するのに数週間かかる。「標本箱で30箱ぐらいになりました。外国産のチョウは百円から数万円まで、いろいろあります」

チョウのことになると話がとまらない。取材時間の2時間はとっくに過ぎた。

田辺 広 | たなべ ひろし

1953年 三豊市豊中町生まれ
1977年 早稲田大学卒業
    香川県農業協同組合中央会入会
1994年 香川県農業協同組合中央会 調査役
1996年 香川県農業協同組合中央会 考査役
1998年 香川県農業協同組合中央会 担当考査役
2000年 合併により香川県農業協同組合中央会から転籍
    香川県農業協同組合総務本部総務部総務課長
2004年 香川県農業協同組合総務本部総務部総務部長、
    経営管理委員会事務局長
2010年 香川県農業協同組合総務本部総務部代表理事 
    理事長
現在に至る
写真
田辺 広 | たなべ ひろし

香川県農業協同組合

所在地
高松市寿町一丁目3番6号 香川県JAビル
TEL 087-825-0202/FAX 087-825-0295
設立
2000年
代表者
経営管理委員会会長 宮武利弘 代表理事 理事長 田辺 広
出資金
286億978万円(2011年3月末現在)
売上高
621億6000万円(2010年度)
組合員数
13万3076人(准組合員数6万1922人:2011年3月末現在)
職員数
3195人(臨時・嘱託職員955人含む。2011年3月末現在)
URL
http://www.kw-ja.or.jp/
確認日
2018.01.04

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