自分が入りたい施設とサービス 逆風バネに特別養護老人ホームの先進モデル

社会福祉法人 香東園 理事長 石川 憲さん

Interview

2012.08.02

「暗いし臭い」、「職員がお年寄りに、有難うございますと言わない」。香東園 理事長 石川 憲(けん)さん(63)はコンピューターのソフトウエアエンジニアから老人福祉施設の職員になって、そう思った。

2000年に介護保険制度が導入され、公(おおやけ)が費用を負担する措置(そち)制度から、本人負担の契約に変わった。行政に指導、指示され運営していた社会福祉法人に、経営力が問われるようになった。

今年度から、厚労省が施設の個室化を表明して介護報酬を改定した。相部屋(2~4人)の特別養護老人ホームが減額の対象になった。利用者の負担が増え、光熱費の上に室料が加わった。

石川さんは「自分が入りたい施設とサービス」を目指している。ソフトウエアエンジニアの目を持った介護の心で、逆風に立ち向かう。

※措置
社会福祉で、要援助者のために施策を具体化する行政行為や施策の総称。

※特別養護老人ホーム
介護保険制度で介護の必要がある「要介護」の判定が出た人が利用可能な、老人福祉法上の老人福祉施設の中の一つ。

老いと死 受け入れる施設

1967年、伯母で民生委員の石川俊子さん(故人)と、後年、妻の父で旧寒川町長になる住民課長の児玉勇一さん(故人)たちが、老人福祉法の改正を受け香川県初の特別養護老人ホーム香東園を寒川町に設立した。

88年、38才の石川さんは、香東園岡本荘の開設と同時に、園長に就任した。老人介護は24時間365日の仕事。正月も土日祭日も休むサラリーマン生活とは全くちがった。

おむつ交換の研修を受けたとき、老人が便を漏らしていた。「本人は恥ずかしいですから、隠します。だからシーツや寝間着までよごれていました。それをみつければつい、『早よう言わんとー』と言ってしまいますよね」

だがその時のベテラン職員の言葉は違った。「ようけ出てよかったね。お腹がすっきりしてなんでも美味しく食べられるね」。老人介護のプロはすごいと思った。

岡本荘で、最初に亡くなった老人は身元引受人がいなかった。高松市の依頼で、病院から点滴を打ちながら入所した人だった。

「生まれたときは家族に祝福されたはずです。亡くなるときはたった一人でした」。葬祭場で一人でお骨を拾って涙があふれた。老いと死を受け入れる福祉施設の責任者になったと自覚した

靴も料理も高齢者本位

「大変な仕事です、サービスです」。利用者がいなかったら仕事はない。心から『有難うございます』を言える人でないと老人介護はできません」。介護の心を、石川さんはそう表現する。施設やお年寄りに、多くの「安全・快適」をもたらしたのは、石川さんの確かな目だった。

たとえば、室内の転倒事故。「お年寄りはつま先から着地して歩くことが多い。靴に適当な反り返りがあれば転倒を防げる」。原因は履きものだった。

石川さんの提案で、友人の徳武産業社長十河孝男さんが老人専用靴「あゆみ」を開発、同社は年間65万足を売る高齢者用靴のトップ企業に成長した。事故も減ったという。

高齢者の楽しみは食事だが、噛んで飲み込む力が弱い。親戚筋の大社義規(おおこそよしのり)さん(日本ハム創業者:故人)に、食材の食感を損なわない介護料理の開発を依頼した。

「いま各社が作っていますが、カムウェル・ジャパン(株)と(株)フードテックが共同開発して日本で最初に商品化しました」

老人施設に公衆浴場併設

▲岡本荘「天然温泉施設」の大浴場

▲岡本荘「天然温泉施設」の大浴場

石川さんは岡本荘の2期工事で、ケアハウスと公衆浴場を併設した。なぜ公衆浴場なのか・・・。岡本荘は、高松市の南部にある。当時、隣接する合併前の香南町と香川町からデイサービスを申し込まれたが、高松市から補助金を受けているから応じられない。そこで誰でも利用できるように、公衆浴場の認可を取って、92年「椿温泉」を開業した。

前例がないから、県も厚労省も社会福祉法人の公衆浴場は認めなかった。「老人介護のための公益事業です。面会に来た家族が、温泉でお年寄りの背中を流せます」。石川さんは説得した。「認可が下りるのに1年ぐらいかかりました。初めてのことは何でも大変です」

※ケアハウス
60才以上の自立者用を対象とした、食事・入浴付きの老人マンション。

※デイサービス
介護保険によるサービスの一種で、高齢者に対して、入浴サービスや食事の提供、機能的な訓練などを行う。

介護と医療の全て含む施設

▲岡本荘に併設された公衆浴場の大ホール。近所に住む人々が気軽に立ち寄れるようちょっとしたリラクゼーション施設になっている=いずれも高松市岡本町で

▲岡本荘に併設された公衆浴場の大ホール。近所に住む人々が気軽に立ち寄れるようちょっとしたリラクゼーション施設になっている=いずれも高松市岡本町で

「介護施設の個室化は、厚労省の暴走です。40%以上の人が特養に入れない状況を無視しています」。個室も必要だが、入居費が高くなる。認知症のお年寄りには個室が症状を悪化させることもある。「現場のニーズを判っていない。個室、多床室、どちらも必要です」

8年前に血液がんがみつかった。「多発性骨髄腫です。完全に治ることはありません。お鈴(りん)が鳴ったと思いました」。1週間悩んだ。人生観が変った。「がんと共存したらいい。生かされている間は、ターミナルケアが出来る福祉施設を作ることに捧げよう」。1年間入院生活に専念して業務に復帰した。

「人のためだけでやるのやない。自分が入る老人ホームを作るんや」。そう言った伯母の石川俊子さんは、理事長を20年間務め、104歳で職員全員に見送られながら岡本荘で亡くなった。

慣れ親しんだ地域の中に高齢者が終の棲家を求めることが出来る施設をつくる。石川さんが目指すのは介護と医療すべてを含めた福祉施設の先進モデルだ。

今年度、京都で、211床の大型施設の着工を計画している。2006年の介護保険制度改正で導入された「地域密着型複合施設」と「介護老人保健施設」を合わせた施設になる。

※ターミナルケア
末期患者に対する身体的・心理的・社会的・宗教的側面を包括したケア。

※地域密着型複合施設
短期と長期の入所やデイサービスなど、複数の機能を組み合わせた定員が29名以下の小規模老人福祉施設。

※介護老人保健施設
介護を必要とする高齢者に、医師の管理のもとで、看護と介護や、作業療法士や理学療法士等によるリハビリテーション、栄養管理、入浴などのサービスを提供する施設。

石川 憲 | いしかわ けん

1949年 寒川町(現・さぬき市)生まれ
1971年 東洋大学工学部卒業
1971年 (株)サトーパーツ技術開発 入社
1978年 同社退社
1978年 都築電気工業(株)高松支店 入社
1987年 同社退社
1987年 社会福祉法人 香東園 園長補佐に就任
1988年 社会福祉法人 香東園 岡本荘 園長に就任
1994年 社会福祉法人 香東園 絹島荘 園長に就任
1998年 社会福祉法人 香東園 盲養護老人ホーム香東園 園長に就任
2005年 社会福祉法人 香東園 理事長に就任
主な役職
1991~94年 高松市老人福祉施設振興会 会長
1996~98年 香川県社会福祉施設経営者会 青年経営者 会長
1997~98年 全国社会福祉協議会 全国青年経営者会 委員
2001~05年 香川県老人福祉施設協議会 会長
2001年~現在 全国老人福祉施設協議会 常任委員
2006年~現在 日本介護支援協議会 組織委員会 専務理事
2009年~現在 全国老人福祉施設協議会 専務理事
写真
石川 憲 | いしかわ けん

社会福祉法人 香東園

所在地
本部(岡本荘内)
高松市岡本町527番地1
TEL:087-885-2828 FAX:087-885-2800
設立
1967年
代表者
理事長 石川 憲
従業員数
553人
施設
◆ 特別養護老人ホーム岡本荘
◆ ケアハウスおかもと
◆ 椿温泉
◆ 特別養護老人ホーム香東園
◆ 盲養護老人ホーム香東園
◆ 軽費老人ホームB型華山
◆ 特別養護老人ホーム絹島荘
◆ 小規模多機能型居宅介護 えんざ
◆ カメリア デイサービスセンター
◆ デイサービスセンター 寿
◆ 華山ファミリークリニック
確認日
2018.01.04

記事一覧

おすすめ記事

メールマガジン登録
メールマガジン登録
ビジネス香川Facebookページ