ピンチをチャンスに “無人車輸送”で活路

ジャンボフェリー 社長 山神 正義さん

Interview

2019.12.05

貨物コンテナやトラックが所狭しと立ち並ぶジャンボフェリー高松のりば  =高松市朝日町

貨物コンテナやトラックが所狭しと立ち並ぶジャンボフェリー高松のりば

=高松市朝日町

窮地脱した“発想の転換”

1877(明治10)年の航路開設から140余年。「貨物」「マイカー」「旅客」を3本柱に、神戸ー高松・小豆島便などを運航するジャンボフェリーには、これまで何度もピンチがあった。「何とかしないと、という思いで打った策がたまたまうまくいっただけ」と社長の山神正義さん(63)は謙遜しながらも、「元々、現状に甘んじない社風がある。決して穏やかな会社ではありませんので」と笑う。

大きなピンチの一つが、1998年にできた明石海峡大橋。開通前、神戸ー高松便はフェリー会社4社が1日計15便を運航していた。「『橋ができたらどうなるのか』と、何年も前から運航を続けるかどうかを議論していました」

対策を検討していた頃、不測の事態が起きた。95年の阪神淡路大震災だ。「道路も岸壁も壊れ、トラックは大渋滞で港までたどり着けない。旅客も激減し、船はガラガラでした」。会社の業績が悪化する中、発想の転換が生まれた。有人トラックが減って生じた空きスペースを活用する”無人車航送”だ。

当時、フェリー輸送と言えば、運送会社のドライバーがトラックごとフェリーに乗船。船を降りると配送先まで届けるのが当たり前だった。「フェリーにドライバーは乗らず、貨物だけを預かり、神戸と高松で貨物をキャッチする『無人車航送』を始めました」
フェリーに積み込まれるコンテナ

フェリーに積み込まれるコンテナ

荷物の到着時間を守れば、どの便にどれだけ貨物車両を載せるか、自社でコントロールできるため、積み残しも生じない。荷物を出す側も、海上部分の人件費をカットできる。「有人トラック」から「無人車航送」への転換は、まさに“win-win”の画期的な手法だった。

迎えた98年の明石海峡大橋の開通。予想通りマイカーと旅客は半減した。神戸ー高松航路を運航するジャンボフェリー以外の3社は、まもなく撤退した。

「実はこの時の裏話がありまして……」と山神さんは続ける。「航路を継続しても、橋ができれば乗組員の半分は雇えなくなる、という見通しだった。でも、『自分はクビになってもいいから、若い人たちを残してほしい』『今回だけは会社の言うやり方でやってみよう』と乗組員自ら労働組合に掛け合ってくれたんです」。組合員なら、給料アップや待遇改善を会社に求めるのが一般的。「そんな話は聞いたことがなかった。でも、彼らの熱意が航路存続に繋がったのは間違いありません」

現在の神戸ー高松便は1日4便。「お客様が少ない便はあっても、コンテナはしっかり載っていますよ」と山神さんは微笑む。

小豆島の期待に応えたい

小豆島・坂手港から神戸に向けて出発するジャンボフェリー

小豆島・坂手港から神戸に向けて出発するジャンボフェリー

ピンチは続いた。2008年にはリーマン・ショックで貨物が激減した。この苦境を救ったのは「小豆島便」だった。「以前から『寄港してくれないか』と、当時の小豆島町長からの要望がありました。でも、神戸便を1日5便、24時間運航していたので、小豆島に寄港するダイヤが取れませんでした」

リーマン・ショックで減便を余儀なくされたことで船に余裕ができ、「お客様の利便性が向上するのなら」と航路開設に踏み切った。すると、「それまでは不定期の季節便のみだったところ、神戸から毎日直行便が出るとなり、関西方面からのお客様が予想を大幅に上回りました」。物流での利用は高松よりは少ないものの、旅客とマイカーが堅調で、“うれしい誤算”だったと苦笑する。「今となっては、小豆島便はジャンボフェリーを支える大切な航路。応援してくれている小豆島の人たちの期待にも応えたいと思っています」

2022年に新造船を建造

「お客さんは少なくてもコンテナは載っていますよ」

「お客さんは少なくてもコンテナは載っていますよ」

「船には、バスや電車や車では味わえない魅力がたくさんある。天気の良い日の瀬戸内海は格別です」。海外に憧れて船乗りを目指し、北米航路を渡る貨物船の航海士をしていた経験もある、根っからの船好きだ。

1979年、ジャンボフェリーの親会社の加藤汽船に入社した。「かつての船会社は切符を売るのが仕事だった。盆や正月の切符売場は、高松側は競輪場まで、神戸側は芦屋まで行列ができていました」。だが、瀬戸大橋などの開通で状況は変わった。先月、100年以上続く宇高航路の休止が発表された。「光が消えてしまうのはさみしいですし、決して他人ごとではありません」

ジャンボフェリーの将来は明るいですか?と尋ねると、力強い答えが返ってきた。「厳しいのはもちろんですが、明るいです。やっていく自信もあります」

今年は、神戸ー高松間のフェリー航路ができて50周年の節目の年だった。愛称を「ニャンコフェリー」に変えたり、若い人にもっと利用してもらおうと12歳から25歳までを割引するサービスを始めたりと、様々な試みにチャレンジした。さらに3年後には新造船建造の計画もある。「輸送能力が3割アップする他、客室も充実させて乗客へのサービス向上を図りたい」と目を輝かせる。

「若者やお年寄りは、料金が安く乗り換えも少ない船を必要としてくれている。道路を走れない特殊車両などフェリーじゃないと運べないものもある。必要とされる限り頑張り続けるのが私たちの使命。アイデアと行動力に、やる気をミックスして、従業員たちと一緒にこれからも頑張っていきます」

篠原 正樹

山神 正義|やまがみ まさよし

略歴
1956年 旧綾上町出身
1977年 国立弓削商船高等専門学校 卒業
航海士を経て
1979年 加藤汽船株式会社 入社
2003年 ジャンボフェリー株式会社 取締役
2008年 代表取締役

ジャンボフェリー株式会社

住所
兵庫県神戸市中央区新港町3-7
代表電話番号
078-327-3111
社員数
80人
事業内容
一般旅客定期航路事業(神戸-高松/神戸-小豆島/高松-小豆島)
国内・国際物流事業、内航貨物船事業
設立
2003年10月1日
<1877年 航路開設(神戸-高松)、1969年 フェリー航路「ジャンボフェリー」開設(神戸-高松)>
高松支店:高松市朝日町5-12-1
TEL.078-851-3355
地図
URL
https://ferry.co.jp/
確認日
2019.12.03

記事一覧

おすすめ記事

メールマガジン登録
メールマガジン登録
ビジネス香川Facebookページ