新たな ビジネスモデルを構築

タカハタ 代表取締役社長 高畑 洋輔さん

Interview

2016.09.01

タカハタは50年前に祖父が創業し、電装工事、配・分電盤の製作と板金加工、産業機械の製造へと事業を拡大してきた。三代目として父から会社を受け継いだ高畑洋輔さん(37)は社長就任後、新たに食品事業部を立ち上げた。それは、今までの"下請け"から一歩進んで、自社オリジナル製品やオーダーメイドの機械を受注につなげることが目的だった。しかし、当時まだ無名だったタカハタの機械が売れるはずもない。そこで、まずは信頼を得るためお客さんのさまざまな要求や相談に誠実に対応する御用聞きからスタートした。
会社の転機となった豆腐自動製造機械

会社の転機となった豆腐自動製造機械

やがてある食品メーカーの機械修理がきっかけで事業が動き出す。会社経営の悩みを聞いた時「この状態では無理に機械を売ることはできない」と感じた。機械を売る前に、その会社がもうかるための最適な仕組みも提案しないと機械を作るチャンスすらない、という考えに至る。

そこで、お客さんが困っていることを把握した上で最適な提案をするため、実際に食品業界の中で注目していた豆腐製造に乗り出す。自社製の豆腐自動製造機械を開発してコスト削減と効率化を追求していくうち、生産量もアップし新たなビジネスモデルを構築。主力事業である産業機械製造と並ぶ事業の柱として成長した。

「設計・製造から据え付けまで一貫して行う自社製品をつくることは昔からの憧れでした。下請けとして培ってきた製造スキルを生かす場が広がったのが嬉しいですね」
子どものころから経営者としての将来を何となく意識する一方、大学まで続けたサッカーでプロにという夢も持っていた。大学のチームメイトの中では実績も低かったが、一人黙々とグラウンド整備から始め4年の時はキャプテンに選ばれた。懸命に練習に打ち込んだのは「幼いころからどこに行っても社長の息子と言われることへの反発もあったのかもしれない」と言う。

しかし、家業の苦境を知り内定を断って父親が半ば強引に決めた岐阜の機械メーカーに修業に出た。そこで板金や塗装の基礎から教わる。同時に大企業の経営や雰囲気を肌で感じ、自社との差はどこにあるのかを徹底的に考える機会にもなった。

帰郷後は、仕事のかたわら当時四国リーグだった「サンライフFC」に入団。チームが「カマタマーレ讃岐」となり3年間選手としてプレーした。その後は社業に専念し、31歳で社長に就任する。
建設中の新工場

建設中の新工場

現在、本社の横に工場を建設中だ。新工場には社員や子ども、地域の人たちが活用できる場所のほか、できれば企業内保育や託児スペースも作りたいと言う。「最初は単純に、ここで過ごした子どもたちが将来うちで働いてくれたら嬉しいという気持ちでした」。それがやがて、企業も人材育成や教育という分野で何か貢献できるのではないかという考えに発展していく。

例えば、会社のスペースで宿題をした後は自分たちがサッカーを教える。その様子を近所の高齢者が見守り、休日は農作業を子どもたちに教える。そんな交流を通じて子どもたちがやりたいことを見つけ、夢を実現できるようなサポートを会社としてやりたいと真剣に考えている。「強い思いと仲間がいれば必ず実現すると信じています」。将来、タカハタで育った"家族"がさまざまな分野で活躍する日を夢見ている。

編集長補佐 石川 恭子

高畑 洋輔 | たかはた ようすけ

1979年 7月 高松市生まれ
2002年 3月 愛知学泉大学 卒業
2002年 4月 有限会社高畑電機(現・(株)タカハタ)入社
     (株)ヤマザキマザック 出向
2007年 2月 専務取締役 就任
2011年 7月 代表取締役 就任
写真
高畑 洋輔 | たかはた ようすけ

株式会社タカハタ

住所
〔本社・工場〕高松市三谷町3234-10
 TEL:087-888-5852(代)
〔香南工場〕高松市香南町由佐560-2
〔大阪工場〕大阪市福島区大開3-1-38
〔兵庫工場〕宍粟市山崎町五十波17-13
事業の概要
受配電盤設備、産業機械製造、食品製造・販売など
資本金
1000万円
社員数
120人
地図
URL
http://www.takahata.cc/
確認日
2018.01.04

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