この状況は、過去十数年間を振り返ると必ずしも当たり前ではなく、むしろ賃金は前の年よりも下がる時期の方が圧倒的に長かった。経済活動全体に占める個人消費の割合は非常に高い(香川県の場合では約6割)ため、賃金下落の続く社会では、所得減と売上の伸び悩みの悪循環から逃れることが難しくなりがちである。従って、ここへ来て雇用者所得が持ち直していることは、本来は地元経済にとって明るい材料といって良いと思う。
実際、香川県内における消費財や個人向けサービスに関する支出動向をみるために、出来るだけ幅広い統計を集めて平均的な世帯の支出傾向に則して集計を試みると、ここ2~3年の一人あたりの支出額は雇用者所得の動向と歩調をあわせるように緩やかに拡大している可能性が高いことが示唆される結果となった。百貨店・スーパー販売額といった一部統計からもたらされる印象とは若干異なる面があるかもしれないが、医療・介護や携帯通信といった分野での支出が伸びていることも一因であろう。
もっとも、雇用者所得さえ増えれば地元経済は安泰というほど事態は単純ではないことも事実である。県内でも、売上が伸び悩む中での雇用コストの上昇を悩ましい経営課題と感じている企業経営者は少なくないように思う。この点は地元経済を全体としてみても当てはまり、仮に雇用者所得が増えても各家庭がそのほとんどを貯蓄に回してしまうと、所得増が売上増に繋がるような好循環が期待できない。
この点で多少気になるのが、ここ5~10年ほどの間、わが国の40歳代以下の世代では、それより上の世代に比べて、消費支出を相対的に抑制し、貯蓄に力点を置く割合が高まっている傾向がうかがわれることだ。これには様々な理由が考えられるが、いわゆる老後不安も大きな理由になっている可能性がある。
この点を突き詰めて考えると、少子高齢化に伴い構造的な人手不足に直面している地方経済においては、一時的な景気対策とは次元の異なる「将来に対する不安を和らげるような施策」が極めて重要になっているのかもしれない。社会保障の分野は国政レベルでの決め事も多い。従って、地方の生き残りのためにも、社会保障の持続可能性にかかる国民的な議論は避けて通ることのできない論点になっていると言えそうだ。
菱川 功|ひしかわ いさお
- 略歴
- 1966年1月 兵庫県生まれ
1988年3月 国際基督教大学教養学部 卒業
1988年4月 日本銀行 入行
1999年12月 金融市場局調査役
2004年7月 ニューヨーク事務所
2007年7月 金融機構局企画役
2009年7月 大阪支店営業課長
2011年7月 国際局総務課長
2013年6月 国際通貨基金へ出向
2015年6月 高松支店長 - 写真
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